最新記事

インタビュー

百田尚樹と「つくる会」、モンスターを生み出したメディアの責任 石戸諭氏に聞く

2020年6月17日(水)12時00分
小暮聡子(本誌記者)



――百田さんと第二部に登場する3氏の違いについて、石戸さんは後者には「情念」があると書いている。「著作物に個人の思考の軌跡、情念が刻み込まれてしまう」、「自らの思想を簡単に『着脱』できない」という意味で、百田さんに対して、彼らは「古い」書き手であると。

作品に情念が刻み込まれてしまうのが、第二部の3氏だ。小林さんの『新・ゴーマニズム宣言』を読めば分かるが、彼はギャグ漫画家としてデビューしているので、わざとギャグをかましたり、わざと不謹慎なこと言ったり、ちょっと過激な振舞いをしながら読ませていくが、通して読んだときに小林よしのりが全く考えていないことをあの中に書くというのは不可能だということが分かる。

わざと露悪的にふるまうことがあったとしても、この人が何をどう考えているのかは、否が応でも作品に刻み込まれている。小林さんがなぜそれを書かなければいけなかったのか、なぜその対象に接近していったのかは、読めば非常によく分かる。

一方で百田さんは、自分はエンタメ小説家だと繰り返し語っているが、本当にその通りだと思う。「新しい作家」である百田さんの小説を読めば読むほど、百田尚樹という人間は分からなくなってくる。政治的なイデオロギーと作品は切れており、小説を読めば百田尚樹が分かる、とは僕はとても思えない。

昨年夏に発売された『夏の騎士』(新潮社)という(彼曰く)「最後の小説」には百田さんの特徴が詰まっていて、登場人物たちがものすごくリベラルな価値観を共有している。反差別的だし、女性蔑視がはびこる世界に反抗する人物も出てくるし、読もうと思えば非常にリベラルな小説に読める。

ところが、本人は右派的なイデオロギーが強い人物だと僕たちは知っている。じゃあ何のためにこの作品を書いたのかと言えば、物語としてそちらのほうが面白いから、という以上の理由は見出せない。そこは、小林さんたちとは全く違う。

――本書の冒頭にある、百田尚樹とその読者とは「不可視な」存在である、という問いにも帰結するのかもしれない。小説を読んでも百田尚樹が見えてこない、それほどに現実とフィクションを混ぜるのが上手いということ?

いや、単純に別物だと思っているのでは。小説とはみんなを楽しませるものだ、というのが彼の前提にあるので、自分の主義主張とは完全に切れているものが書ける。

百田さんの小説を批評する試みはこれまでにもあるが、多くの場合、作品の中に「百田尚樹」の考えを見出そうとする。作品には著者の人間性が出ているという前提で読もうとしているが、そのアプローチではなく、主義主張と切れているのだとシンプルに考え直したほうがいいと思っている。

それよりも重要なのは、彼の行動原理というか、思想原理をきちんと読み解くことだ。小説で言えば、百田さんはイデオロギーを着脱できる。逆に作品を書く上で、自分のマーケットというものをあそこまで意識し感動させることに徹することができるというのは、ある種の職人気質だと思った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中