最新記事

インドネシア

200人以上が死亡したバリ島爆弾テロ事件の黒幕、釈放へ 人道的見地か大統領選への戦略か

2019年1月21日(月)21時16分
大塚智彦(PanAsiaNews)

豪政府は釈放反対を表明

バシル服役囚の釈放に向けた動きが活発化する中、1月19日にインドネシア政府から釈放決定の連絡を受けたオーストラリアのスコット・モリソン首相は「政府としての態度は一貫しており、釈放には反対する」との姿勢を明らかにした。

これに対しインドネシア側は「釈放決定はインドネシアの国内問題である。政府には確固とした政策があり、人道問題でもある。オーストラリアとの二国間関係には影響を与えることはない」として、「内政への不干渉」を呼びかけている。

バリ島では2002年10月に起きた爆弾テロ事件で日本人2人など外国人観光客を含む202人が死亡し、オーストラリア人は88人が犠牲となっている。さらに2005年の10月に起きた連続爆弾テロでも日本人1人、オーストラリア人4人を含む20人が死亡。いずれのテロ事件もJIが関係したとして実行犯など多数が逮捕され、死刑判決を受けた3人はすでに刑を執行されている。

釈放は慎重に検討した結果

今回のバシル服役囚の刑期半ばでの釈放決定には各種情報を総合すると、紆余曲折があり最終的にジョコ・ウィドド大統領が容認した経緯があったという。

バシル服役囚を釈放した場合のイスラムテロ組織の残党などへの影響、イスラム急進派との関係などあらゆる問題を国家警察、国軍、国家情報庁などの関係治安機関が詳細に検討したという。その結果、すでに高齢であることや国内テロ組織が壊滅状態にあること、新たなテロに結びつく可能性は極めて低いことなどがジョコ・ウィドド大統領に報告され、それを受けて慎重に検討した結果の判断だったといわれている。

そうした経緯を踏まえてインドネシアの治安戦略研究所(ISESS)は「テロやテロ犯に対する新たなアプローチとして今回の釈放に賛同する。こうした処遇は将来のテロを未然に防ぐ方法の一つとなる可能性がある」との見方をマスコミに示している。

しかしその一方でなぜこのタイミングでの釈放なのか、を巡ってはいろいろと観測がでている。釈放決定が明らかになる前日の1月17日は4月の大統領選に向けた正副大統領候補2組のペアによる第1回公開討論会が行われていた。第1回目のテーマは「法、汚職、人権、テロ」で、再選を目指すジョコ・ウィドド大統領と対抗馬のプラボウォ・スビアント野党グリンドラ党党首が人権、テロで舌戦を展開した。

その直後だけに、ジョコ・ウィドド大統領による人道的配慮、イスラム教指導者の健康問題への特段の措置などで大統領選に向けて大きなアピールを狙ったのではないかとの見方も出ており、大統領側が「あくまで人道的見地からの判断」と強調すればするほどそうした選挙対策が見え隠れする状況となっている。

現在、釈放に向けた法的手続きが進みつつあり、早ければ数日中、遅くとも1月末までには釈放される見通しで、インドネシア国内はもとよりオーストラリアをも巻き込んで緊張が高まりつつある。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中