最新記事

終戦秘話

終戦の歴史に埋もれた2通の降伏文書

Japan's Surrender Re-examined

2018年9月6日(木)17時00分
譚璐美(たん・ろみ、作家)

1945年9月2日、東京湾内の米戦艦ミズーリ号で降伏文書調印式が行われた US Air Force/REUTERS

<太平洋戦争が公式に終結した1945年9月2日――米戦艦ミズーリ号上で日本の敗戦を印象付ける「事件」が起きていた>

日本は1945年8月15日、ポツダム宣言を受諾したことを天皇が玉音放送で公表した日をもって「終戦記念日」とした。ところがアメリカでは、8月15はなく9月2日を「VJデー」(対日戦勝利の日)と定めて長年祝い続けた。1945年9月2日とは何の日かといえば、東京湾に浮かぶ米戦艦「ミズーリ」号の艦上で日本と連合国が「降伏文書」に調印して停戦協定を結び、日本が公式に無条件降伏した日なのである。

このとき調印された「降伏文書」は2通ある。1通はアメリカが所有し、もう1通は日本が所有した。現在はワシントンの国立公文書館と東京・麻布台にある外交史料館にそれぞれ保管されている。

ところが、この2通の降伏文書を見比べてみると、明らかな違いがある。アメリカが保管している降伏文書は調印者の名前が整然と並んだ見栄えの良いものだが、日本に保管されている降伏文書は書き損じが多く、訂正箇所も多々あり、まことに乱雑な印象を受ける。こんな乱雑なものが公文書として認められるものだろうか。

同一文書であるはずの2通の公文書が、一方は乱雑で一方は整然としているという事態がなぜ生じたのか。この歴史的事実が注目されることは、これまでほとんどなかった。今回、「2通の違い」が生じた本当の理由と当時の詳細な状況が初めて明らかになった。

その謎を解く人物がニューヨーク在住のアメリカ人で、JPモルガン・チェース元上級取締役のピーター・ラール(79)だ。彼の父親であるデービッド・ラール大佐は終戦当時、ダグラス・マッカーサーの側近の1人として日本の占領政策に深く関わり、ミズーリ号の調印式の設営を取り仕切った実務責任者だった。ピーター・ラールは、父が残した大量の米軍資料を手に、当事者しか知らない数々の「歴史秘話」を筆者に語ってくれた。

デービッド・ラールは1901年、インディアナ州で生まれた。1923年にウェストポイントにある陸軍士官学校を卒業後、陸軍派遣生としてマサチューセッツ工科大学(MIT)で機械工学を修め、30歳で妻ペギーと結婚して2人の息子に恵まれた。彼はワシントンの陸軍参謀本部に文官として勤務したが、第二次大戦初期にヨーロッパ戦線に派遣されて武官としての経験も積んだ。

1941年、日本の真珠湾攻撃から太平洋戦争が始まると、フィリピンを占領していた米軍は日本軍の猛攻を受けて劣勢を強いられ、マッカーサー司令官は「アイ・シャル・リターン(必ず戻る)」の言葉を残してオーストラリアへ撤退した。

ワシントンの陸軍参謀本部はマッカーサーの要請に応じて、ラール大佐をフィリピン奪還の作戦アドバイザーとしてオーストラリアへ派遣。ラールは日本軍の布陣を研究した末に、陸海軍合同作戦の「かえる跳び作戦」――米軍の陣地を次々に移動させながら敵の重要拠点をたたく作戦――の原案を練り上げ、攻勢に転じるきっかけをつくった。

その功績が認められて文官としても武官としても勲章を授与され、「太平洋戦争の名作戦家」と称賛された。終戦時には、連合国軍最高司令官となったマッカーサー将軍の側近として日本に赴任し、連合国軍総司令部(GHQ)のG3(参謀作戦部)に在籍した。

要求文書と3つの命令書

ミズーリ号の艦上で行われた降伏文書の調印式について紹介する前に、8月15日から9月2日までの日米の動きを、ラール大佐の資料と手紙を基に簡単に振り返っておこう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、日本のEEZ内への

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中