最新記事

スキャンダル

米体操界で20年以上放置されたセクハラの闇

2018年2月2日(金)16時00分
ケイティ・ウォルドマン(スレート誌記者)

デンホランダーが告発に踏み切った16年夏はちょうど米大統領選の渦中であり、警官による黒人射殺事件への抗議運動が盛り上がっていた時期でもあった。そのため、ナサーに関する報道が他のニュースに埋もれてしまった可能性もある。

だが、それだけでは十分な説明にはならない。ワインスティーンのセクハラ疑惑は、トランプ政権のロシア疑惑のさなかにも大きな注目を集めた。彼を告発した女優のアシュリー・ジャッドやアンジェリーナ・ジョリーに比べ、デンホランダーやナサーは知名度が低いために話題にならなかったと考えるのが自然だろう。

五輪選手も名乗り出た

昨年10月、ロンドン五輪の女子団体総合で金メダルに輝いた米代表チームのマッケイラ・マロニーが被害を告白すると、チームメイトのアリー・レイズマン、ガブリエル・ダグラスらも後に続いた。1月に入るとリオデジャネイロ五輪の金メダリスト、シモーネ・バイルズも名乗り出た。それでも私たちメディアは、ハリウッドからの相次ぐ告発に気を取られ過ぎて、女子体操界に関心を払わなかった。

さらに別のおぞましい理由も考えられる。若い女子体操選手が年上の男性からの虐待に耐えるという構図に、私たちは意外性を感じないのではないか。体操は指導者と選手の体の接触が極めて多い競技だ。そのため一流の体操選手は幼い頃から、自分の体は自分のものではないという感覚を持ちやすい。

観客も選手を「もの」として観賞し、気まぐれに応援する。ナサーの事件は五輪で活躍するとき以外、誰も体操選手に関心を払っていないという気の重い事実を浮き彫りにした。

だが、法廷での胸を突く証言の数々がメディアの姿勢を変えた。著名な選手が大勢カメラの前に立ち、ナサーと彼の犯行を止めなかった人々を糾弾した。

「ラリー、あなたが長年にわたって虐待した私たちは今、力を持っている。あなたは何者でもない」と、レイズマンは証言台で語った。「立場が逆になったの、ラリー。私たちはここで声を上げる。どこへも逃げない」

一連の事件のターニングポイントとも言うべき力強い瞬間だった。レイズマンの言葉は、外部の目や世間からの圧力がなかったために体操界が長い間、何の対策も取らずに事態を放置してきた事実を浮かび上がらせた。

私たちは女子体操界からの告発を長い間無視していた理由を自問し続けなければならない。そして、メディアのニーズに合うか否かにかかわらず、女性の声に耳を傾けることの重要さをもっと意識すべきだ。

「耳を傾ける」とは単に誰かの苦しみを認めるだけでなく、被害者よりカネや評判を優先する組織を改革することを意味する。怒りの火がともり、その炎が広がっていくための環境を整えることが不可欠だ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

© 2018, Slate

[2018年2月 6日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中