最新記事

米政府

トランプ政権の最後のとりでは3人の「将軍たち」

2017年9月5日(火)15時30分
ビル・パウエル(本誌シニアライター)

安定感あるケリー首席補佐官(左)、マクマスター大統領補佐官(中央)、マティス国防長官の3人 Illustration by Michael Hoeweler

<世界をハラハラさせ続ける危ういトランプと米政権。なんとか機能しているのは3人の退役将校のおかげ>

あの次期大統領の要請を受け入れるとは! ジェームズ・マティス退役米海兵隊大将の友人たちは衝撃を受けた。昨年11月のことだ。マティスが新政権での国防長官就任を前向きに検討しているのが、彼らには信じられなかった。本気か、と友人のピーター・ロビンソンは面と向かって言った。「相手はドナルド・トランプだぞ」

マティスは3年前に退役した後、スタンフォード大学フーバー研究所に在籍。スニーカーにジーンズ、リュックサックの軽装で執筆にいそしんでいた。同大学の同僚であるロビンソンによると、「この数十年における最高の軍司令官」と呼ばれるマティスは、まるで「年のいった大学院生」のように見えたという。マティスにも、その状況を変える気はなかった。トランプから国防長官就任を要請されるまでは......。

同じような要請を大統領から受けた著名な退役将軍はまだ2人いる。H・R・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)と、ジョン・ケリー首席補佐官(最初は国土安全保障長官として入閣)だ。トランプは彼らを「私の将軍たち」と呼ぶ。もっとも、友人たちによれば、呼ばれたほうは大なり小なり不愉快に感じているらしい。

言動が予測不能で大統領という職務にふさわしくないと思われるトランプの下、政権は混乱したまま発足から半年以上が経過した。とはいえ将軍たちの友人が当初抱いた疑念は、別の感情に変わってきた。「安堵だ」と、3人を知るジョンズ・ホプキンズ大学の軍事史家エリオット・コーエンは言う。「彼らは大人の任務を果たしてきた立派な大人だ。この政権に彼らが必要なのを、神様はご存じだった」

その安堵感はアメリカの主要な同盟国だけでなく、基本的に敵である諸国にまで広がっている。北朝鮮の核の脅威が高まるなか、各国ともトランプの好戦的なレトリックに振り回されてきたからだ。

中国のある外交官は(この記事に出てくる多くの情報源と同様に)匿名を条件に、中国政府はトランプが大統領選に勝利したとき、この先どう付き合えばいいか「全く分からなかった」と告白した。しかしマティス、マクマスター、ケリーという「知的で分別ある人物として知られる人々」が要職に起用されて「いくぶん安心」したそうだ。北朝鮮情勢に関して頻繁にトランプ政権と接触している某同盟国の大使も、こう言い切る。「あの3人がいない状況など、考えたくもない」

【参考記事】トランプの北朝鮮「先制口撃」が危機を加速する

軍人、そして学者としての名声

アメリカの軍人は、最高司令官たる大統領に従うしかない。マティスやマクマスター、ケリーも同じだ。トランプからご用済みと言われれば、直ちに辞職するしかない。しかし現在の大統領と将軍たちの関係はもっと微妙だ。

トランプにとっては政治も国家安全保障も未経験の分野。一方、将軍3人は職務への真剣さや知性の高さが評価され、世間からも尊敬されている。「交渉人」トランプなら、すぐ気付いたはずだ。この3人は自分にとって「使える人間」だということに。

就任早々の入国禁止令(国土安全保障長官だったケリーに事前の相談はなかった)でつまずき、重要な法案を通せずにいる現政権の機能不全ぶりは目に余る。とはいえ「トランプの周囲にいる将軍の1人でも辞めたら、そんな問題も些細なことに思えるはずだ」と、オバマ政権で閣僚を務め、3人をよく知る人物は言う。

「致命傷になる」と、この情報源は重ねて言った。「3人のうち1人でも、病気などの個人的事情なしに政権を去るとしたら最悪の事態だ」。なぜか。「頭のおかしい連中(スティーブ・バノン首席戦略官とその一派を指す)がのさばることになるから」だと、この人物は言った(バノンは8月18日に解任された)。

ハト派の大統領にタカ派の軍人が反旗を翻す――これはハリウッド映画によくあるテーマ。それが今ではグアム周辺にミサイルを撃ち込むと威嚇する北朝鮮に対して、大統領自らがけんか腰で応じる始末。東アジアのある外交官は、マティスとマクマスター、レックス・ティラーソン国務長官の「冷静沈着さ」を称賛する。「彼らは慌てないし、発言は公私共に正確で淡々としている」

8月初め、マティスとマクマスターは北朝鮮に対する軍事行動をスタッフと検討した。本誌が得た情報では、その中には北朝鮮のミサイルを無力化するサイバー攻撃も含まれていた。また複数の情報筋によると、将軍たちはトランプに、先制攻撃は大惨事を招くリスクを伴うと強く主張している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

伊プラダ第1四半期売上高は予想超え、ミュウミュウ部

ワールド

ロシア、貿易戦争想定の経済予測を初公表 25年成長

ビジネス

テスラ取締役会がマスクCEOの後継者探し着手、現状

ワールド

米下院特別委、ロ軍への中国人兵参加問題で国務省に説
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中