最新記事

ミャンマー

ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(後編)

2017年9月21日(木)12時00分
前川祐補(本誌編集部)

rohingya170921-03.jpg

日本で家族(左写真)と暮らすアブールカラムは中古品販売業を立ち上げ中 Yusuke Maekawa-NEWSWEEK JAPAN

それでも、難民申請や在留特別許可を認められたロヒンギャはこれまで230人ほどいる。ゾーミントゥットやアブールカラムが口をそろえて言うように、日本での生活は安定している。

彼らの悩みはむしろ、ロヒンギャ以外の在日ミャンマー人からの拒絶だ。迫害こそされていないものの、祖国で経験した非国民扱いを、逃れ着いた日本でも経験しているのだ。

日本にはロヒンギャ以外にも多くのミャンマー人が暮らす。「彼らは普段、ロヒンギャが経営する食材店で買い物をするし話もする」と、在日ミャンマー人社会とのつながりも深い田辺は言う。「ただ、政治的な集まりや国家行事を祝う式典などでは、ロヒンギャを爪はじきにする」

88年、ミャンマーでの大規模な学生運動の盛り上がりを受けて、在日ミャンマー人の間でも民主化運動が活発化した。同じ年の9月には在日ミャンマー人協会が設立され、民主化に向けた機運を高めた。ロヒンギャ出身者が協会の書記長を務めたこともあり、露骨なロヒンギャ拒絶は見られなかったと、当時を知る田辺は振り返る。

潮目が変わったのは00年頃。「88年当時は民主化の盛り上がりもあり民族間のいさかいが隠れていたが、運動が落ち着くと拒絶し始めた」と、田辺は言う。

その理由は恐らく国籍法にある。88年世代の学生たちは国籍法を発令したネウィン政権下で教育を受けた人が多く、ロヒンギャに対する潜在的な差別意識が強く残っているという。

ロヒンギャも民主化のために闘っている。敵は同じ軍政なのになぜ共闘できないのか――。田辺は幾度となく迫ったが、彼らは決まってこう答えた。「ロヒンギャはミャンマー人ではない」

また田辺によれば、ロヒンギャは他のミャンマー人に比べて圧倒的にビジネスがうまい。それ故の嫉妬や妬みも背景にあるのかもしれない。

実はこうしたロヒンギャへのやっかみは、かつてラカイン州でも見られた。軍政下では多くの国民が自由を奪われ、貧しい生活を余儀なくされていた。その中で、商才を発揮したロヒンギャたちが裕福な生活をしているのを、妬みの目で見るミャンマー人は少なくなかった。

商才ある人々が妬みゆえ迫害を受ける――かつてユダヤ人に向けられた憎悪を連想させるロヒンギャが、「ミャンマーのホロコースト」という悲劇の主人公になっているのは、偶然なのだろうか。

ロヒンギャ浄化の「総仕上げ」

移住先である日本でも差別や拒絶を受け続けながら、祖国で苦しむ同胞の救済を国際社会に訴え続けるゾーミントゥットやアブールカラム。彼らの闘いは孤独で、時に絶望的だ。

「このまま行けば、間違いなくロヒンギャはミャンマーという国から消えてしまう」と、アブールカラムは嘆く。彼はその後、カレン軍入隊を断念。タイでの暮らしを経て00年に日本に難民としてやって来た。「ロヒンギャ問題だけを叫ぶと宗教問題に見られるが、問題はそこじゃない」。ミャンマー政府の暴力が続けば、やがてシリアのように国が分裂してしまう。彼の懸念はそこにある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政府、TSMCの中国向け製造装置輸出巡る特別措置

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中