最新記事

チベット問題

焼身しか策がないチベット人の悲劇

2017年8月1日(火)12時10分
ケビン・カリコ(マッコーリー大学講師)

市民への監視は強化され、焼身自殺があったことを外国に知らせれば起訴の対象だ。宗教学の御用学者たちは、焼身自殺は自己犠牲という古くからの尊い伝統ではなく、仏教の教えの冒瀆だと非難している。

政府のプロパガンダは過熱している。焼身自殺をするのは精神的に不安定な者だと断じ、こうした抗議運動を画策しているのは「ダライ・ラマ一派」で、焼身自殺の実行者に金銭的な援助をしていると非難。インドに亡命中の僧侶たちを「人々の心を操っている」「腐敗している」と攻撃したりもしている。

08年の騒乱以降、抗議活動への締め付けが強化され、チベット人にとって声を上げる唯一の手段が焼身自殺となったわけだが、そのことがさらなる弾圧を招き、また新たな焼身自殺を生むという悪循環が起きている。残されたのは、8年たってもチベットを取り巻く情勢が十分に改善されないなか、150人もの人々が焼身自殺で命を落とし、その終わりは見えないという残酷な事実だけだ。

【参考記事】変化するチベットと向き合う個人を鮮やかに描く:『草原の河』

13年に習近平(シー・チーピン)国家主席が就任した際には、中国政府のチベット政策にも新たな展開があるのではと期待された。だが、習も根っからの安定教の信者だったらしい。市民社会の萌芽は弾圧の対象となり、政治的活動への締め付けはさらに強まっている。

中国の指導者たちはさまざまな政策のコストと恩恵を慎重に吟味する現実主義者だと言われることが多い。だが、チベット政策に関しては安定教への信仰心が先に立ち、うまくいくはずのない対処法を「これぞ最終的な解決策」と信じてしがみついている。

確かに中国とチベットの歴史的関係や今日の中国のチベット政策の影響についてはさまざまな考え方がある。それでも人々が自らに火を放つ事例が後を絶たないなか、何らかの変化が必要である事実から目を背けることは不可能だ。

だが中国指導部が安定教にしがみついている限り、新たな展開は期待できそうにない。

From Foreign Policy Magazine

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年8月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と初会談 「多くの

ビジネス

米国株式市場=大幅高、12月利下げ観測で テック株

ワールド

ウ大統領、和平案巡り「困難な選択」 トランプ氏27
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中