最新記事

シリア情勢

欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える

2017年5月24日(水)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

「誤爆」の真偽はともあれ、アサド政権の停戦破棄は、米国が停戦・和平プロセスへの関与を停止する口実ともなり、この問題をめぐるロシアへのさらなる従属を猶予することを可能にした。だが、その結果として、アサド政権がアレッポ市東部地区の攻防戦で勝利を収め、「シリア内戦」における優位を揺るぎないものとしたことは、米国にとって大きな失点だった。

なお、これ以降、シリアでの停戦・和平プロセスは、ロシアとトルコによって主導され、2016年12月末には、シャームの民のヌスラ戦線(現在の組織名はシャーム解放委員会)、シャーム自由人イスラーム運動などを除く反体制武装集団とシリア政府との間で新たな停戦が成立した。ドナルド・トランプ米政権は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を強調する一方、停戦・和平プロセスへの関与を再開しようとはしない。「誤爆」は、こうしたトランプ政権の不関与政策の起点になっているとも言える。

3度目の攻撃は、2017年4月にトランプ政権がヒムス県中部のシャイーラート航空基地に対して行ったミサイル攻撃である。イドリブ県ハーン・シャイフーン市での化学兵器(サリン・ガス)使用疑惑事件に対する「報復」として行われたこの攻撃は、アサド政権に対する米国の軍事攻撃のなかでもっとも大きな注目を浴び、「シリア内戦」だけでなく、国際情勢への影響が推し量られた。

だが、ミサイル攻撃は「シリア内戦」の趨勢に何の変化ももたらさなかった。それは、シリア軍の攻勢を抑止することもなければ、トランプ政権になって米国が支援を打ち切った反体制派を再活性化させることもなく、ましてや米国が「シリア内戦」の主導権を回復することもなかった。メディアでの注目度とは裏腹に、この軍事攻撃は「シリア内戦」のなかでもっとも無意味なものだった。

【参考記事】シリア・ミサイル攻撃:トランプ政権のヴィジョンの欠如が明らかに」

4度目の攻撃(今回)の意味

そして4度目が今回の攻撃だ。米中央軍(CENTCOM)の発表によると、有志連合によるこの空爆は「米国と協力部隊(partner forces)」への脅威を排除することが目的だったという。この「協力部隊」とは、最近になって米国から直接武器供与を受けるようになったYPGではなく、オバマ前政権時代に軍事教練を受けたいわゆる「穏健な反体制派」をさす。

オバマ前政権は2015年半ば以降、アサド政権打倒ではなく、イスラーム国殲滅を主目的とする反体制派をトルコやヨルダンで育成してきた。このうちトルコで教練を受けた反体制派は「第30歩兵師団」の名で編成され、シリア北部に派遣されたが、ほどなくヌスラ戦線に吸収されてしまった。

一方、ヨルダンで教練を受けた反体制派は、米英軍、さらにはヨルダン軍の地上部隊と密に連携することで勢力を増していった。

最初に登場したのは「新シリア軍」を名乗る武装組織だった。2015年11月に結成されたこの組織は、イスラーム国の勢力拡大を受けてダマスカス郊外県に敗走していたダイル・ザウル県の出身者からなるアサーラ・ワ・タンミヤ運動が中核を担い、ヨルダン領内のルクバーン地区にあるシリア人難民キャンプを拠点に活動した。2016年3月、彼らは、ダマスカスとバグダードを結ぶ国際幹線道路上のタンフ国境通行所をイスラーム国から奪取し、米英両軍は同地を拠点化し、シリア南部でのイスラーム国に対する掃討戦を準備した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、農産物値下げで「重大発表」へ コーヒー

ワールド

再送ウクライナのエネ相が辞任、司法相は職務停止 大

ワールド

再送ウクライナのエネ相が辞任、司法相は職務停止 大

ワールド

米アトランタ連銀総裁、任期満了で来年2月退任 初の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 3
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中