最新記事

社会福祉

ベーシックインカム、フィンランドが試験導入。国家レベルで初

2017年1月17日(火)08時20分
Rio Nishiyama

ベーシックインカム制度の導入を求めてスイスでデモが行われた。2016年4月 Arnd Wiegmann-REUTERS

<1月1日、フィンランドがベーシック・インカム制度を導入した。2000人の失業者に対して月に560€(日本円にして約6万8000円)を支払うというもので、国家レベルでははじめて。現代の社会福祉のあらたな可能性としてにわかに脚光を集めている>

 2017年1月1日、フィンランドが国家レベルでは欧州ではじめて試験的なベーシックインカムの導入を開始した。このプロジェクトでは、1月から2018年12月まで、無作為に選出された2000人の失業者に対して月に560€(日本円にして約6万8000円)を支払うというもの。2年間の実験で、ベーシックインカムの導入が失業率の低下に影響をもたらすのかを調べるのだという。

 近年、ヨーロッパを中心にベーシックインカムの導入の是非がたびたび議論されてきた。ヨーロッパ諸国の社会保障においては、その制度があまりに複雑で多層的であるため、社会保障を受けている失業者がその恩恵を受けられなくなってしまうという不安から、低収入あるいは短期の仕事に就きたがらなくなってしまうという問題が起こっていた。ベーシックインカムとは「政府による、無条件の最低限生活保障の定期的な支給」であるため、就業による支給打ち切りの心配がない。よって、たとえ低収入の仕事であっても失業者は気軽に次の仕事に就くことができるため、失業率が低減する、というのが大枠の論理だ。

 さらに、ベーシックインカムを導入することによって、今まで複雑だった社会保障制度がシンプルになり、よりフェアで効率的な所得分配ができるとも言われる。たとえば、アメリカでは社会保障としてフードスタンプ、医療補助、現金補助が用意されているが、フードスタンプよりも車の修理代のほうが必要な人もいるように、複雑化した社会保障の支給は「被支給者にとって必要と考えられるもの」と「被支給者が本当に必要なもの」のミスマッチを起こしてしまう。ベーシックインカムの導入によって被支給者は自分が本当に必要なものを考え、選択することができる、というのも大きな利点だ。

 このように、現代の社会福祉国家の問題を解決するあらたな可能性となりうるベーシックインカムだが、このフィンランドでの導入決定が行われるまでは国家レベルでの導入は議論の末に見送られてきた。たとえば、スイスでは2016年6月に国民投票によってベーシックインカム導入が否決されている。懐疑派の意見としては、財源確保の不確実性や労働意欲の低減、医療手当などのほかの公的扶助の削減による福祉水準の低下、などがあげられている。

 それでも、長引く経済不況と失業率の上昇から、社会保障制度の見直しは多くの欧米諸国にとって喫緊の問題だ。現状、地域レベルでは、カナダのオンタリオ、カリフォルニアのオークランド、スコットランドのグラスゴー、オランダのユトレヒトなどでベーシックインカムの実験的な導入が計画または議論されている。

【参考記事】人工知能が経済格差と貧困を激化する

 さらに欧州議会では、ロボットの導入による失業率向上の予測から、加盟国にベーシックインカム導入の可能性を検討することを勧告するレポートが発表され、来月本会議で決議されることになっている。人工知能によって近い将来に単純労働がロボットに代替されることが盛んに議論される今日、ベーシックインカムの是非の議論もますます活発化しそうだ。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米大統領とイスラエル首相、ガザ計画の次の段階を協議

ワールド

中国軍、30日に台湾周辺で実弾射撃訓練 戦闘即応態

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、主力株の一角軟調

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平の進展期待 ゼレンスキー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中