最新記事

米大統領選

トランプ、言った者勝ちの怖さ

2016年9月2日(金)19時40分
クリストファー・リバカリ、ジェフ・ワン

Carlo Allegri-REUTERS

<まあまあ友好的にメキシコを訪問してわずか数時間後、アメリカに取って返して「メキシコとの国境に壁を築く」「費用はメキシコ政府に払わせる」と宣言──トランプの二面性がまた露わになった。少し大人しくしていたと思っても、すぐに強硬論に戻る。気づけば誰もが、それがどれほど価値のない暴言かを忘れそうになっている。どんな暴論も繰り返せば人々の思考に変化を及ぼす、そんな言語学の仮説を地で行っているのではないか>

 世界中でベストセラーになったイギリスの脚本家ダグラス・アダムズの小説『銀河ヒッチハイクガイド』には、耳に入れるとどんな言葉も翻訳してくれる「バベルフィッシュ」が登場する。その奇妙な生き物は、異なる人種や文化を持つ人々がコミュニケーションをする際の障害をすべて取り除いてくれるのだが、その結果人々の言葉は丸裸になって対立が表面化する。アダムズは、万能翻訳を可能にするバベルフィッシュは「人類創造以来最も血なまぐさい戦争を引き起こす」と記した。

何度も唱えれば叶う

 大統領選での勝敗は別として、トランプの言葉には目を見張るものがある。恐ろしくもあり、注目すべきことは、アメリカ英語のネイティブスピーカーほど、彼の発言の意味を理解しようと四苦八苦している点だ。アメリカ国民の銃を所持する権利を定めた「合衆国憲法修正第2条」の支持者には「できることがある」と、暗に民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンの暗殺をほのめかす。バラク・オバマ大統領は「テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の創設者だ」と言い出す。トランプが問題発言をするたびにその真意をめぐって憶測が飛び交い、何日もメディアを賑わす。

【参考記事】銃乱射で勢いづく銃支持派の狂った論理
【参考記事】トランプの選挙戦もこれで終わる?「オバマはISISの創設者」

 だが、トランプの言葉の意味を問うこと自体がナンセンスなのかもしれない。トランプとその支持者たちは、言語が人々の思考や世界の見方に影響を与えると信じる言語学の一派のようだ。事実、トランプに選挙戦を通じて一貫した信念があるとすれば、どれほど現実味がなく論理に欠ける言葉でも、口に出して言い続ければそれが真実になり現実に影響するということだ。

「アメリカを再び偉大にする」というキャッチフレーズを繰り返せば、聴衆の頭に「現在のアメリカは偉大ではない」、今の民主党政権が続いてはならない、という信念をいとも簡単に植え付けることができる。同様に「いかさまヒラリー」や「嘘つきテッド(・クルーズ)」といった発言を連発し言語を巧みに操ることで、誰も予測しなかった大統領選を実現してきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「金利のある世界」、財政健全化進める=財政審建議で

ワールド

ロシアの制裁逃れ対策強化を、米財務長官が欧州の銀行

ビジネス

中国の若年失業率、4月は14.7%に低下

ワールド

タイ新財務相、中銀との緊張緩和のチャンス 元財務相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中