最新記事

石油

「石油需要ピーク」が来たら?

2016年9月1日(木)17時05分
岩瀬昇

Enrique De La Osa-REUTERS

先進国ではすでにデマンドピークが始まっている

 8月18日午後1:30(日本時間)ごろFTが興味深い記事を掲載している。直訳すると「もしピークオイルが来たら、投資家はスマートになる必要がある」というタイトルだ("If peak oil arrives, investors will need to get smart")。

 一瞬、今ごろ「ピークオイル論」か、と驚いたが、サブタイトルが "Investors assumed oil would be valuable in the future, but bets are off if demand falls" とあり、安心した。一世を風靡した「ピークオイル論」(石油供給能力がピークを迎える)ではなく、「需要がピークを迎える」という「デマンドピーク論」なのだ。

 寄稿者はカリフォルニア大学のAmy Mayer Jaffe氏で、今年のダボス会議でも "Global Agenda Council on the Future Oil and Gas" を仕切っている人物だ。

 デマンドピークは先進国ではすでに始まっている。

 たとえば日本の石油消費は、2005年の535万B/Dから2015年の415万B/Dへと、10年間で2割以上減っている。

 Jaffe氏は、これが先進国に留まらず、エネルギー需要が旺盛な発展途上国でも起こる、したがって世界全体で起こる、それも10年か20年以内には起こる、としているのだ。

 この議論は、「起こる時期」を別にすれば、決して新しいものではない。だが、Jaffe氏のように「10年か20年以内に」という時期については異論が多いだろう。筆者もその一人だ。

 Jaffe氏は、IEAのみならず、Statoil、Shell、BP、TotalやConocoPhillipsの経営企画部門でも、バッテリーの技術革新や世界の気温上昇を摂氏2度以下に抑えることを織り込んだ結果がどうなるかを検討している、としているが、デマンドがピークを迎える「時期」については「10年か20年以内」とはしていないだろう。

 BPは今年初めに発表した「長期予測(BP Energy Outlook 2016 edition)」の中で、2035年(約20年後)までに一次エネルギー全体で48%増加し、石油は63%増加する、としていることは周知のとおりだ。

石油が使われなくなるのではなく、使われる量が減少する

 Jaffe氏が指摘している「もし」、すなわち石油需要が早期にピークを迎える条件は、昨年末のパリ協定を推進する政策の実行が、太陽光や天然ガス利用の拡大、安価なバッテリー製造技術の革新、カーシェアリングの推進や公共交通網の拡大に基づく都市化、さらには効率的なエネルギー利用の進展などである。Jaffe氏は、これらが先進国のみならず、発展途上国でも早期に起こる、としているのだ。この結果、現在9,500万B/Dほどの石油需要量はピークを迎え、2040年には7,500万B/Dほどに低下する、という研究結果があるというのだ。
 
 なるほど。
 この「もし」の動向は注視する必要がある。

 だが、Jaffe氏も指摘しているように、重要なことは石油が使われなくなることではなく、使われる量が減少するということ、したがって生産者のあいだで競争が起こるので、投資家は投資先の「保有埋蔵量」だけではなく経営能力を冷静に判断する必要がある、ということだ。これは早期のデマンドピーク論者でなくとも同意する見方だろう。

 また今年4月、ドーハ会議が土壇場で破綻したとき、筆者は心密かにサウジの石油政策の根本的変更を危惧していた。
ムハンマド副皇太子が、Jaffe氏のように「早期に石油需要のピークが来る」と判断して、伝統的な「長期にわたりエネルギー供給の中心に石油を位置づけることを目指す」政策を放棄するのではないか、と懸念していたのだ。つまり、地下に眠る石油をいっときも早く市場に放出し、現金に変える政策を採るのか、と心配したのだった。

 5月末のOPEC総会で、ファーリハ・エネルギー相が「市場に石油を溢れさせることはしない」と発言したことで、この懸念は払拭されたのだった。

 このような長期の視点を失わずに、一方で足元の動静を冷静に判断すること。

 これが「着眼大局、着手小局」ということだろうが、言うは易く、行うは難し、だ。


[執筆者]
岩瀬昇
1948年埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、二度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクで延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。現在は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」の代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? 』『日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか』『原油暴落の謎を解く』(以上文春新書)。

※当記事は岩瀬昇のエネルギーブログからの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求 ハマスは

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中