最新記事

シリア情勢

トルコのクーデータ未遂事件後、「シリア内戦」の潮目が変わった

2016年8月25日(木)17時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

 対するトルコは、国境地帯におけるイスラーム国最後の拠点であるジャラーブルス市をYPGに先んじて掌握すべく、完全武装した「反体制派」戦闘員1,200人を同地に派遣した。20日にトルコ南部のガジアンテップ市でイスラーム国によると思われる爆弾テロ事件が発生すると、トルコはジャラーブルス市一帯を越境砲撃し、地上部隊を進攻させ、「反体制派」による同市制圧を後押しした。「フーフラテスの盾」と名づけられたこの作戦は、イスラーム国の掃討を目的としていたが、トルコ軍が重点的に攻撃したのは、マンビジュ市とジャラーブルス市を結ぶYPGの進路だった。

 なお、ジャラーブルス市を攻略した「反体制派」は「シャーム軍団」、「スルターン・ムラード師団」、「ヌールッディーン・ザンキー運動」など、アレッポ市での攻防戦でアル=カーイダ系組織と共闘する組織ではある。だが、トルコは「反体制派」によるアレッポ市東部の解囲前後から、アル=カーイダ系組織への支援を控えるようになっているとされ、また移行プロセスにおいてアサド政権の役割を認めるといった政府首脳の発言も顕著になっている。

恣意的に解釈される「テロとの戦い」に翻弄されるシリアの市井の人々

 むろん、これらの予兆は、単なる善意の表明に過ぎず、各当事者の対応には根本的な変化は生じていないかもしれない。だが、少なくとも、一連の動きの変化のなかで再認識し得るのは、「シリア内戦」の主人公であるはずのシリアの主要な政治・軍事主体、そして言うまでもなく市井のシリアの人々が、諸外国の利害のもとで恣意的に解釈される「民主化」や「テロとの戦い」に翻弄されるようになって久しいという事実だ。

 「シリア内戦」における「民主化」や「テロとの戦い」という大義は、欧米諸国や日本も含めたすべての当事者にとって実態のないプロパガンダに過ぎず、そうしたプロパガンダのもとで自己正当化されるだけの正義や道徳をもってしては、シリアの現状は到底理解できないのである。


[筆者]
青山弘之
東京外国語大学教授。1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院修了。1995〜97年、99〜2001年までシリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所(IFPO、旧IFEAD)に所属。JETROアジア経済研究所研究員(1997〜2008年)を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。編著書に『混迷するシリア:歴史と政治構造から読み解く』(岩波書店、2012年)、『「アラブの心臓」に何が起きているのか:現代中東の実像』(岩波書店、2014年)などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」を運営。青山弘之ホームページ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米9月CPIは前年比3.0%上昇、利下げ観測継続 

ワールド

カナダ首相、米と貿易交渉再開の用意 問題広告は週明

ワールド

トランプ大統領、中南米に空母派遣へ 軍事プレゼンス

ワールド

米朝首脳会談の実現呼びかけ、韓国統一相、関係改善期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中