最新記事

中東

ロシアは何故シリアを擁護するのか

2016年6月29日(水)17時37分
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員)※アステイオン84より転載

 たとえば武器市場についてであるが、内戦前にシリアが二〇〇七年から二〇一〇年にかけてロシアと結んだ武器輸出契約はせいぜい数十億ドル規模であり、年間一五〇億ドルの武器輸出額を誇るロシアにとっては死活的なものではない。実際、内戦勃発によってシリアへの武器輸出が困難になった後もロシアは新規市場を開拓し、武器輸出額に大きな落ち込みは見られない。

 さらにサウジアラビアは、ロシアのシリア支援を手控えさせるため、一〇〇億ドル規模の武器購入をロシアにたびたび持ちかけてきたが、ロシアを翻意させるには至っていない。ロシアがシリアへの軍事介入を開始する前の二〇一五年六月にも、サウジアラビアは、ムハンマド副皇太子兼国防相をサンクトペテルブルグ経済フォーラムに参加させて(これはシリア内戦勃発後初のサウジアラビア高官の参加であった)大規模対露投資をちらつかせたうえ、これと同時期にサウジアラビア軍事代表団がモスクワ近郊で開催された武器展示会を訪問してロシア製兵器の購入について話し合った。だが、ロシアはシリア支援の姿勢を改めず、サウジアラビアへの武器輸出話も下火となった(一〇〇億ドル相当の武器輸出契約が進められているという報道が二〇一五年一一月にあった)。

 加えて、シリアは大口顧客ではあっても決して優良顧客ではない、という側面にも注意する必要がある。他の中東諸国と異なり、大規模産油国でないシリアはロシア製兵器の購入資金が充分とは言えず、ロシアは前述の大型契約に当たってソ連時代の一三四億ドルの債務のうち、七三%にあたる九八億ドルを帳消しにすることを余儀なくされている(3)。

 このようにみると、シリアが武器市場であるから失いたくない、とする説明には疑問符をつけざるを得ない。

 タルトゥースの海軍拠点については、これが海軍基地ではなく、物資装備補給拠点(PMTO)と呼ばれる補給拠点であることを押さえておく必要がある。これまでにも同拠点を拡張して海軍基地化する構想は度々浮上してきたが、構想は二転三転しており、現在も実現してはいない。さらにシリア内戦後には同拠点からは軍人が一時撤退し、民間人の軍属のみで運営されている状態であった(現在は基地警備用の海軍歩兵部隊が派遣されている)。加えて、ロシアは二〇一五年二月にキプロス政府と軍事協力協定を結び、それまでも実施されていたロシア海軍艦艇の寄港を正式に協定化している。

 以上のように、シリアの海軍拠点もロシアにとっては何としても死守しなければならないというものではなく、状況によってはコミットメントを低下させうるし、場合によっては他で代替することも可能なものと言える。ただし、ロシアがシリアで軍事介入を開始して以降、タルトゥースのPMTOが兵站上の重要拠点となっていることはたしかで、今後もシリアでの軍事プレゼンスを維持するならばその意義はこれまで以上に高まることは考えられる(この点は後にもう一度触れる)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

2回目の関税交渉「具体的に議論」、次回は5月中旬以

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決

ビジネス

マイクロソフト、トランプ政権と争う法律事務所に変更

ワールド

全米でトランプ政権への抗議デモ、移民政策や富裕層優
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中