最新記事

中東

ロシアは何故シリアを擁護するのか

2016年6月29日(水)17時37分
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員)※アステイオン84より転載

 まずエネルギーに関して見てみよう。二〇一三年に日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が公表した資料によると、二〇一〇年時点におけるロシアのエネルギー自給率は一八四%であり、国産エネルギーによって国内需要を完全に賄うことができている。ことに原油に関しては、輸入依存度がマイナス二六四%にも達しており、中東のエネルギー資源には全く依存していない(1)。

 続いてシーレーンへの依存度について考えてみたい。ロシア連邦統計局のデータによると、二〇一三年におけるロシアの全貨物通行量は八二億六四〇〇万トンであったが、このうち五六億三五〇〇万トンは自動車輸送によるものであり、これに鉄道輸送(一三億八一〇〇万トン)、パイプライン(一〇億九五〇〇万トン)、河川等の内水交通(一億三五〇〇万トン)が続き、海上交通は一七〇〇万トンに過ぎなかった(2)。大陸国家であるロシアにとっては、大洋を通過するシーレーンへの依存度もまた極めて低いことが読み取れよう。

 しかし、重要航路として北極海航路が浮上していることや、アルメニアやイランといった重要同盟国へのアクセスなど、安全保障の観点から重要なシーレーンは存在していることは押さえておく必要がある。本稿では詳しく扱わないが、核抑止力を担保するカムチャッカ半島の弾道ミサイル原潜部隊(カムチャッカ半島先端部にある原潜基地には陸上からのアクセス手段がない)、北方領土、カリーニングラード、クリミア半島(ケルチ海峡でロシア本土から隔てられている)といった遠隔地への兵站についてもシーレーンは重要な要素ではある。

 このような意味では、ロシア海軍が二〇〇八年からソマリア沖に、二〇一三年からは地中海に艦艇グループを常駐させていることや、二〇一〇年の「国防法」改正で海賊対処任務を国外での軍事力行使の要件と位置付けたことなどは、西側のシーレーン保護とは同列に位置付けることはできず、ロシア独自の論理を考えなければならないことになる。

ロシアは何故シリアを擁護するのか

(1)武器でも基地でもなく

 そこで、本稿のはじめの問いに戻りたい。すなわち、ロシアの中東に対する依存度が低いならば、ロシアは何故中東に関与するのか、ということである。

 シリアに関して言えば、同国がロシア製武器の市場であることや、タルトゥース港にロシア海軍の拠点が置かれていることなどがよく引き合いに出される。しかし、これらは事実であるにせよ、ロシアのシリア関与の主要因であるかどうかはまた別問題である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中