最新記事

マーケティング

行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる

2016年5月18日(水)19時42分
アンソニー・タスガル ※編集・企画:情報工場

 システム1は、「今、ここ」で起きている事象に一瞬にしてフォーカスし、自動的にすばやく処理をする。ときに間違いを犯すこともあるが、その瞬間には最善と考えられる判断をする。

 私たちは、システム1が自らのコントロール下にあり、そこでの判断は自分自身が下したものであると思いたい。おそらくそのように見なすことが、マーケティングや広報、調査などに関わる人々にとっては重要なのだろう。しかし、私たちの判断の大部分は、私たちのコントロールの及ばない要素によって行われることを、行動経済学は示している。自分が自分の行動や判断をすべてコントロールできるというのは幻想にすぎないのだ。

 私たちは、進化の過程で適者生存と繁殖のチャンスをできるだけ広げるべく物事を判断し、行動してきた。そのチャンスを逃さないように、システム1の処理が「緊急」や「瞬時」に偏っているのである。

 その結果、私たちは未来を予測するのが苦手になった。現在のことだけを考えて行動しがちなのだ。ふだん私たちが「予測」と思っているものの大半は、実は本当の予測ではない。社会心理学者のダニエル・ギルバートが「ネクスティング(nexting)」と名づけたものにすぎない。すなわち、「現在」に「過去」の要素を少々加え、あたかも「未来」であるかのように作り上げたものだ。

 本当の意味での「予期せぬできごと」(ナシーム・ニコラス・タレブが言うところの「ブラック・スワン」)は、私たちの脳が備える力のはるか上を行く。だから、インターネットや多機能携帯電話、2008年の世界金融危機、出版界に衝撃を与えたベストセラーなどを誰も予測できなかったのだ。

 人間が未来を予測できないとするならば、まだ世に出していない新しいブランドを購入するか否かを、消費者アンケートで尋ねるのは愚かしいことだとわかるはずだ。

[執筆者]
アンソニー・タスガル Anthony Tasgal
世界的に活躍するブランド・コンサルタント。英国公認マーケティング協会でトレーナーを、英国と中国の大学で講師を務める。著書に"The Storytelling Book" (LID Publishing)がある。

© 情報工場
johokojologo150.jpg



※当記事は「Dialogue Q2 2016」からの転載記事です

dialoguelogo200.jpg




情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、エグゼクティブ向け教育機関で世界一と評されるDuke Corporate Educationが発行するビジネス誌『Dialogue Review』や、まだ日本で出版されていない欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント米財務長官との間で協議 

ワールド

トランプ米大統領、2日に26年度予算公表=ホワイト

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中