最新記事

マーケティング

行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる

2016年5月18日(水)19時42分
アンソニー・タスガル ※編集・企画:情報工場

 こうした認識は、誤解に基づくものであり、正しくない。行動経済学の知見を知ることで、消費者の行動や意思決定に関わるモチベーションに対する見方が、ガラリと変わることだろう。

合理性より感情なら、ブランディングも変わる

 伝統的な経済学の根幹には「合理的な人間」という概念が横たわっている。西洋のビジネスは、すべてを物理学か数学のように測定し、説明できるものとする考え方に染まっていた。

 しかし、行動経済学が40年間積み重ねてきた知見によれば、人間というものは、私たちが思っている以上に感情や無意識のプロセス、環境の変化に左右される。人間を知るためには、どちらかというと物理学や数学よりも、生物学や心理学の考え方の方が重要になる。

 行動経済学が教えるもっとも重要な真実は、おそらく「感情が意思決定の中心を占める」ということだろう。

 人間は誰もが6つの感情(怒り、恐れ、嫌悪、幸福、悲しみ、驚き)を持っているが、これらは総体として私たちが進化の過程で生き残るのに必要なものだった。感情は、しばしば無意識のうちに私たちに最大利益をもたらすように働く。そのために合理性を排することもある。

 私たちは合理性を過大評価しているのではないだろうか。合理性よりも感情を重視するならば、たとえば「ブランディング」の意味も変わってくる。ブランディングとは、単に商品メッセージを顧客の心に留めさせることではない。自分たち(企業)はどういう存在なのか、あるいは何をめざすのかといった理念をブランドに反映し、それをさらに高めるものということになる。

人間の脳には2つのシステムが働いている

 行動経済学の中核にある考え方の1つに「人間の脳には2つのそれぞれ特徴をもったシステムが働いている」というものがある。これはカーネマンのベストセラー『ファスト&スロー』(邦訳・早川書房)によって広く知られるようになった。

 脳にある「システム1」と「システム2」という2つのシステムのうち、「システム2」は、「自分自身」をしっかりと意識する。自分は何者であり、どのように振る舞うかを自覚し、コントロールする。このシステムは比較的処理スピードが遅い。自分の利益を最大化することを優先し、計算ずくで動く。また、行動とそれがもたらす結果について、長期的な視点で見る傾向がある。

 一方「システム1」は、心理学用語で「適応的無意識(the adaptive unconscious)」(※「抑圧されたもの」ではなく、進化における適者生存に必要なものとして捉えられた無意識)と呼ばれるものだ。これは進化の早い段階で人類に備わったシステムである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中