最新記事

バチカン

新法王フランシスコの2つの顔

控えめで人間的な語り口調で人々を魅了したフランシスコ1世に立ちはだかる課題

2013年3月29日(金)13時17分
クリストファー・ディッキー(パリ支局長)

汚れた教会 法王の白い礼服を着たフランシスコに大掃除はできるか Osservatore Romano-Reuters

 ヨーロッパ以外からは約1300年ぶり、中南米出身者としては初のローマ法王(教皇)が先週誕生した。フランシスコ1世として世界のカトリック教徒12億人を導くのは、アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)だ。

 フランシスコ1世はバチカンのサンピエトロ大聖堂のバルコニーから群衆に向かって、仲間の枢機卿たちが「世界の果て」まで来て私を見つけてくれたと語った。新法王は、世界各国で教育機関を運営する男子修道会のイエズス会に属している。イエズス会からの法王選出も初めてのことだ。

 ドイツ出身の前法王ベネディクト16世は高齢を理由に先月退位したが、彼を選出した8年前のコンクラーベ(法王選挙)でも、メディアはベルゴリオを有力候補と伝えていた。

 しかしベルゴリオは05年のインタビューで、官僚組織であるローマ法王庁で暮らすのは避けたいと語っていた。「法王庁にいたら死んでしまう。私の人生はブエノスアイレスにある。私の教区の人々がいないと、彼らの悩みに答えないと、毎日何かが欠けていると思う」

 まさに聖人の語り口だ。新法王の控えめで人間的な口調は、彼が何者かほとんど知らなかった何万人もの群衆を魅了した。新法王は雨の中を何時間も待っていた人々に、「こんばんは」と呼び掛けた。自分はあなた方のために祈る、そしてあなた方も自分のために祈ってほしいと語った。前法王が無味乾燥な学者肌だっただけに、新法王の温かい言葉は人々の心を捉え、そのカリスマ性を感じさせた。

「汚い戦争」に加担か?

 ただ新法王が引き継ぐのはスキャンダルまみれの組織だ。欧米諸国では、カトリック神父による子供への性的虐待が次々と明るみになっている。失墜した教会への信頼を取り戻さなければならない。指摘されている法王庁の不正会計問題や、マネーロンダリング(資金洗浄)の疑惑にも対処する必要がある。

 中南米諸国が新法王にかける期待は大きい。彼は、貧困から抜け出し希望をつかみつつある、さらには世界での影響力を高めようとしている中南米地域の代表となる存在だからだ。

 フランシスコ1世の公式記録には倫理や金銭にまつわる汚点はないが、ダークな部分がないわけでもない。

 70〜80年代、アルゼンチンの軍事政権が市民弾圧を行った「汚い戦争」の時代、ベルゴリオはイエズス会アルゼンチン管区の区長を務めていた。共産主義のシンパと考えられて弾圧された人たちの中には、貧しい民衆を救済する左翼運動を行う聖職者が大勢含まれていた。なかでも秘密組織に逮捕されて監禁・拷問された2人のイエズス会士は後にベルゴリオに「密告された」と語った。

 一方、ベルゴリオの擁護者は、大勢が殺害されたのに、2人が助かったのは、彼らを救うためにベルゴリオが奔走したおかげだと主張する。

 教会における女性の役割、同性婚、性的虐待の問題についてのベルゴリオの見解は、ベネディクト16世やその前任ヨハネ・パウロ2世と同じく保守的だ。彼を新法王に選出した枢機卿114人はすべて、この2人の元法王に任命されている。

 とはいえ法王となった今、フランシスコ1世は神のしもべであると同時に導き手でもある。法王庁は用心したほうがいい。信者12億人の新法王への期待は大きいのだから。

[2013年3月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中