最新記事

新興国

アルゼンチンを壊す? 21世紀のエビータ

フェルナンデス大統領の再選が有力だが過熱経済の行方は不確実性を増している

2011年11月22日(火)14時29分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ)

「貧困層の母」としてエビータと並び称されるフェルナンデス大統領だが(中央左) Richard Rad-LatinContent/Getty Images

 昨年の今頃、アルゼンチンのクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領は大きな試練に直面していた。夫で前大統領のネストル・キルチネルが、心臓発作で突然この世を去ったのだ。まだ60歳だった。フェルナンデスは一瞬にして、人生のパートナーと選挙の指南役、そして南半球で最も基盤が固いと言われた政治帝国での協力者を失った。

 悲嘆に暮れ、強力なロビイストたちとの戦いに浮足立つ彼女の姿は、洗練されていて戦闘的な日頃の勇姿からは程遠く、すっかり小さく見えた。外交官たちはフェルナンデスの精神状態に疑問を呈し、政治評論家は彼女の政治生命の末路を語りだす始末。機を見るに敏なブエノスアイレスの投資資金は、いつ彼女が政権と栄光を投げ出すか賭けをし始めた。

 だが、彼らは間違っていた。フェルナンデスは同情票と景気回復を追い風に、今月23日の大統領選で圧勝する勢いだ。すべての世論調査が、フェルナンデスの得票率は軽く50%を超えると予測している。歴史的な地滑り的大勝になるかもしれない。

 分からないのは、フェルナンデス政権があと4年続いた場合、それがアルゼンチン経済にとって何を意味するかだ。南米第3位の同国経済は、好況と債務危機を繰り返してきた。

支持率が急上昇した理由

 もっとも、フェルナンデスは以前にも焼け跡から立ち上がったことがある。2期目の立候補を辞退した夫のキルチネルに代わって大統領の座に押し上げられた07年のことだ。01年のデフォルト(債務不履行)と金融危機からは立ち直りつつあったものの、景気は過熱し、物価高に対する抗議も激しくなっていた。

 フェルナンデスはガソリン価格やバス料金、食料価格を凍結して不満を抑え込んだ。08年には、民間の年金基金を国有化(「国家による略奪」と呼ばれた)。最大手の航空会社も国有化した。

 さらに国内の食料不足対策として農産物輸出には高い関税を課そうとしたが、GDPの4分の1を稼ぎ出す大農場は出荷を止めるなどの妨害工作に出た。スーパーの棚が空になると、中流の国民が街頭でデモを始めた。上院に提出した農産物関税法案は、副大統領の裏切りで1票差で否決された。

 他の政治指導者なら妥協していたかもしれない。だがフェルナンデスは、ますます強気で反転攻勢に出た。
インフレ率を正直に公表したがる統計局を粛正し、誰もが20〜25%だと言うインフレ率を公式には10%に抑え込んだ。強引なインフレ隠しだが、とりあえず経済が成長し消費も拡大しているので、国民も肩をすくめるだけだった。

 また貧困対策に大規模な投資を行った。今年だけで、学齢期の子供を持つ貧困家庭には20億㌦の支援をした。こうした大盤振る舞いで支持率は急上昇し、アルゼンチンでは「貧困層の母」と偶像視されるエビータことエバ・ペロンと並び称されるまでになった。

 だが、世界経済が変調を来し、アルゼンチンの輸出相手国が景気後退に直面するなか、そんなイメージはすぐに色あせるだろう。「経済が成長して仕事も十分あるうちは、相当の無理もできてしまう。たとえ経済がどんなにひどい状況にあってもだ」と、米コンサルティング会社ユーラシア・グループのアナリスト、ダニエル・カーナーは言う。「しかし、危機が来ればすべてはあっという間に瓦解する」

 そうなれば、どんなに統計数字を飾っても助けにはならないだろう。

[2011年10月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イラン、11日に第4回核協議 オマーンで

ワールド

習氏、王公安相を米との貿易協議に派遣=新聞

ビジネス

独首相、EUの共同借り入れ排除せず 欧州の防衛力強

ビジネス

独立したFRBの構造、経済の安定を強化 維持される
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 5
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 6
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 7
    「金ぴか時代」の王を目指すトランプの下、ホワイト…
  • 8
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 9
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 10
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中