最新記事

北朝鮮

外貨獲得の切り札、万景峰号クルーズのお粗末

金正日が外国人観光客向けに始めた「豪華客船の旅」は、驚くほどチープで辛いことばかり

2011年9月15日(木)17時56分
エミリー・ロディッシュ

改装した万景峰号で 海を越えてくる脱北者の旅に比べればはるかに「豪華」には違いないが Carlos Barria-Reuters

 貧困にあえぐ北朝鮮にとって、外貨をもたらす外国人観光客はカネのなる木。彼らを呼び込む新たな目玉として、このほど北朝鮮北東部の港町・羅先から景勝地の金剛山までを周遊する東海岸クルーズツアーが始まった。

 クルーズに使われるのは、日本への運行を禁止されている貨客船「万景峰号」。簡単な改装工事を施され、今月初めに初の試験航海に出発したが、米ニューヨーク・タイムズ紙が報じた通り、その中身は「豪華客船で過ごす贅沢バカンス」とは程遠いものだった。


 薄暗く、かび臭い客室に200人以上が詰め込まれ、なかには床にマットレスが置かれただけの部屋に8人が押し込まれるケースもあった。中国人旅行者とビジネス客が、北朝鮮の政府関係者や外国人ジャーナリストと同じ部屋をシェアしていた。

 21時間かけて東海岸沖を南へ下ったが、海岸線が見えることはほとんどなかった。船旅の定番「シャッフルボード」のような気の利いたレクリエーション施設もなく、中国人乗客はトランプを広げはじめた。

 出航地である羅先市のホァン・チョルナム副市長は、海軍の制服から緑のポロシャツに着替え、甲板で外国人乗客とビールを飲んでいた。あるアメリカ人がホァンに、船が公海上に出て外国の海軍と遭遇することはないかと尋ねた。

「ここは北朝鮮の領海内ですから、まったく安全です」と、ホァンは答えた。「朝鮮人民軍が皆さんを守っています」


観光は経済制裁の対象外

 被害妄想にとらわれて世界に背を向ける北朝鮮が観光に力を入れるとは意外に聞こえるかもしれないが、実は北朝鮮にとって観光業はうってつけの産業だ。理由の1つは、観光が金政権に課された経済制裁の対象外だから。しかも、北朝鮮にしてみれば、どの国の外貨でも喉から手が出るほど欲しい。

 だが、多くの外国人ジャーナリストを乗せた初航海の評判は散々。英デイリー・メール紙は、「史上最も贅沢じゃないクルーズ」とこき下ろした。

 旅行サイト「ジョーンテッド」に掲載された体験記からも、極めて印象的な旅だったことがわかる。


 万景峰号でクルーズしたい? それなら様々な困難を覚悟しよう。出発地は、ロシアとの国境に近い町の泥だらけの波止場。携帯電話は持ち込めない。共有スペースに置かれた粗悪品のマットレスで眠り、乗客が甲板にたどり着く前に風で吹き飛ばされてしまいそうなプラスチック製の椅子に座って日光浴をする。これがクルーズだって?


 折りしも今週、子供3人を含む9人の脱北者が石川県能登半島沖で保護されたばかり。「北朝鮮での生活が苦しかった」から脱北したと語ると9人の過酷な「船旅」に比べれば、万峰景号の旅は十分に贅沢かもしれないが。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:変わる消費、百貨店が適応模索 インバウン

ビジネス

世界株式指標、来年半ばまでに約5%上昇へ=シティグ

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上

ビジネス

再送-SBI新生銀行、東京証券取引所への再上場を申
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中