最新記事

サッカー

欧州に戻ってきたフーリガンの悪夢

欧州選手権予選を中止に追い込んだ暴徒は、「民族浄化」組織の系譜を引くセルビアの極右グループだった

2010年11月25日(木)16時09分
ブライアン・フィリップス

悪しき伝統 欧州サッカーと極右には長い歴史がある(10月12日の試合は暴徒の乱入で中止になった) Alessandro Garofalo-Reuters

 10月12日、サッカー欧州選手権予選のイタリア対セルビア戦が暴動のせいで中止になった。「犯人」は代表チームの試合を観戦するためにイタリアのジェノバまでやって来たセルビア人の極右グループだ。

 いや、彼らはもともとサッカーを見る気などなかった。試合は、キックオフからわずか6分で中止になったのだから。

 暴徒たちは発煙筒をピッチに投げ込み、イタリア人サポーター席との間に設けられたフェンスを金属製の棒でたたき壊そうとした。黒いスキー帽を頭からすっぽりかぶった巨漢の男が観客席とピッチを隔てる強化ガラス製の柵によじ登り、ナチス式の敬礼を何度か繰り返した。

 イタリアの治安警察が暴徒を包囲すると、彼らはアルバニア国旗に火を付け、「コソボはセルビアのものだ」と書かれた横断幕を広げてみせた(アルバニア系住民が多数のコソボは08年、セルビアから独立を宣言した)。

 セルビア人の極右グループは試合前にも街頭で警察と衝突し、自国の代表チームを乗せたバスを襲撃していた。にもかかわらず、彼らはスタジアムへの入場を許され、ナイフや爆発物も没収されなかった。

 セルビアの首都ベオグラードでは試合の数日前にも、フーリガン(熱狂的かつ暴力的なサッカーファン)を中心とする数百人の暴徒がゲイ(同性愛者)のパレードを襲い、車に火を放ち、警官に投石する事件があった。

 今年1月から、EU(欧州連合)加盟国を訪れるセルビア人は原則としてビザ取得を免除されたため、この手の連中が代表チームを追い掛けて容易に移動できるようになった。それでもイタリア・サッカー協会は特別な対策を講じなかったようだ。

 ヨーロッパのサッカーと極右グループの暴力──両者の結び付きは長い歴史を持つ。イタリアの独裁者ムソリーニは1934年のワールドカップ(W杯)をファシスト党の宣伝に使い、スペインのフランコ政権は名門クラブのレアル・マドリードを体制強化に利用した。近年はフーリガンの暴走が試合の主催者と一般のファンを悩ませている。

 サッカーというスポーツが人間を暴力的にしたり政治的にしたりするわけではないが、サッカーの試合では明確な象徴性と戦闘的ムード、強烈な愛国心が1つに結合する。

 経済的・政治的苦境にあえぐ国では、このような火種が燃え上がりやすい。そして一部の過激な政治組織にとって、サッカーの試合は貧困と怒りを抱えた失業者の若者を仲間に引き入れる格好の機会だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国大手金融機関で大型リストラ相次ぐ、IPOやM&

ワールド

米、イスラエルへの兵器輸送を停止 ラファ侵攻阻止の

ワールド

英、次世代原子炉燃料HALEUの製造施設建設へ 欧

ワールド

中国がカナダの選挙に執拗に介入、情報機関が警告
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中