最新記事

アフリカ

外交官にジンバブエ国営メディアの罠

御用メディアの手玉に取られ、独裁者ムガベの片棒を担がされて地団駄を踏む欧米外交官たち

2010年10月27日(水)18時31分
現地特派員(ジンバブエの報道規制のため匿名)

常套手段 新任大使は皆ムガベ体制の支持者にされる Philimon Bulawayo-Reuters

 ジンバブエの国営メディアは、外国からの新任大使がロバート・ムガベ大統領に初めて挨拶をする時から罠を仕掛けて待ち構えている。式典が終わると、記者たちは「ジンバブエに対する制裁は解除されるべきか?」などと、新任大使がいちばん答えにくい質問で襲い掛かる。外交儀礼的に楽観的な答えをすると、国営メディアはムガベ政権に対する紛れもない支持だと煽る。

 外交官たちは着任後最初の数週間、自分の発言の真意を「明らかに」するために奔走することになる。もちろん彼らは「制裁は解除されるべきだ」などとは言わないし、政権内の3党の合意が満たされれば「自然に制裁はなくなるはずだ」と言うだけだ。だが、国営メディアはそんな違いにかまけてくれない。

 元スウェーデン大使は任期中ずっと、ジンバブエと欧米の「架け橋になる」などと誓わなければよかった、と後悔して過ごすはめになった。4年の任期を終えて退任するとき彼は、裏でムガベに改革の圧力をかけたと国営メディアから激しく非難された。仲間の外交官たちは、架け橋になるという彼のナイーブさを嘲笑した。80年代にアフリカの別の国で働いた経験もあるベテランの彼にとってはしゃくにさわることばかりだった。

 元アメリカ大使が外交官のジレンマを説明する。「新任外交官のほとんどは、ジンバブエは素晴らしい人たちが暮らす素晴らしい国だと思い、問題も解決できるはずだと考える。だからこそ最初の半年ほどは無駄な交渉にさんざん時間を費やして頑張る。そして気づく。自分はムガベという壁に頭をぶつけているに過ぎないことに」

聞こえるのはムガベの声だけ

 アメリカの外交官は、問題の核心を避けてお茶を濁すよりも、自分の言いたいことを言いやりたいことをやることで知られる。かつて米大使としてジンバブエに駐在していた巨体のジェームズ・マギーは、外交官やジャーナリストを満載した車列を引き連れて、政府の暴力の証拠を掴むため奥地の病院に乗り込んだことがある。だがこれは、うまくいった数少ない例だろう。

 先月、EU(欧州連合)の新大使アルド・デラリッチアがムガベに着任の挨拶に行ったとき。「メディア委員会の設立など最近の改革についてどう思うか」と、国営メディアの記者が聞いた。「まだこの国に来て8日しか経っていない」と、デラリッチアは答えた。「私の言えることは、自由な報道機関もあるということだ。新聞を読めば独立した報道があるように感じる」

 この地に着いたばかりの彼は、その発言を伝える民間の報道機関がそこにいないことに気づかなかった。。会場に入れなかったのだ。独立系のラジオもテレビもいなかった。彼らはそもそも存在しない。唯一聞こえてくるのはムガベの声だけだ。

 今やデラリッチアも失敗を取り返さなければならない。「ジンバブエには自由なメディアがある」という「彼の」発言が国営メディアに取り上げられ、「ジンバブエの報道は自由」と報じられた。特にムガベを批判して起訴されているジンバブエのジャーナリストたちは、新任大使の「報道は自由」発言など聞かされたくはないだろう。

 メディア委員会が設置され、いくつかの新聞がライセンスを受けたのは事実だが、委員会には国営新聞に自分のコラムをもち、最大野党・民主変革運動(MDC)を激しい言葉で非難する旧政権の高官がいる。新しいラジオ局やテレビ局に許可は出されていない。メディア大臣は海外の移住先から帰国したいジンバブエ人ジャーナリストの安全を保証するつもりもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に

ビジネス

トランプ氏、8月下旬から少なくとも8200万ドルの

ビジネス

クーグラー元FRB理事、辞任前に倫理規定に抵触する
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中