最新記事

メディア

CNN「ならず者」称賛で記者クビの不毛

ヒズボラ指導者をツイッターで称賛したベテラン記者を解雇したCNNの姿勢は、主流メディアのダブルスタンダードを露呈した

2010年7月9日(金)17時45分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

根深い病 アメリカの「敵」の死を悼んだ記者を解雇したCNNの気骨のない姿勢は、視聴者を遠ざけるだけ Jason Reed-Reuters

 7月7日、CNNは中東担当のシニアエディター、オクタビア・ナスルを解雇した。ナスルがツイッターに、7月4日に死去したイスラム教シーア派組織ヒズボラの指導者ファドララについて、「悲しい知らせだ。ヒズボラの巨人である彼を大いに尊敬してきた」と書き込んだのが原因だ。

 ファドララといえば、米政府がテロリストと見なしていた人物だ。ナスルは後になって、ツイッターでは女性の権利に関するファドララの「先駆者的」な姿勢に言及したつもりだったと釈明(ファドララは、家族の名誉を守るという名目で男性が身内の女性を殺す「名誉殺人」を禁じる宗教令を出し、女性が家庭内暴力から身を守る権利を認めた)。さらに、そうした複雑な問題についてツイッターの短文で発言しようとしたことに後悔の念を示した。しかしCNNが下したのは、解雇という臆病で実りのない決断だった。

 ここで露呈したダブルスタンダードには、驚きと同時に残念な気持ちを抱かずにはいられない。米ミシガン大学のシーア派専門家フアン・コールが指摘するように、イラクのヌーリ・マリキ首相は死去したファドララを堂々と、しかもナスルよりもはるかに惜しみない言葉で称賛した。マリキはイラク国民が選挙で選んだリーダーで、アメリカの盟友でもあるはずだ。それでも私たちは、ファドララを称えたという理由でマリキを肯定すべきではないということか。

だから主流メディアはつまらない

 さらに重要なのは、アメリカではこれまで大勢のジャーナリストや政治家が、ファドララよりはるかに大量の血で手を染めた世界の指導者(中国の毛沢東からイスラエルのアリエル・シャロン首相、北朝鮮の金日成まで)に敬意を表しながら、解雇されなかったこと。さらに、多くのアメリカ人ジャーナリストが米大統領を手厚く擁護し、「敬意」を表している点も忘れるべきではない。たとえ大統領が必要のない戦争を始め、大勢の犠牲者を出し、テロ容疑者に対する拷問を許可してもだ。

 政治ブログ「トーキング・ポインツ・メモ(TPM)」のジョシュ・マーシャルが書いているように、たった140文字のつぶやきで20年の輝かしいキャリアを奪われるなんて「妥当とは思えない」。

 もう一つ残念なのは、CNNが世界を「黒か白か」「私たちか彼らか」という構図でとらえていること。アメリカがテロリストのレッテルを貼っている以上、ファドララを肯定するコメントはいかなるものでも解雇に値するのだ。

 しかし、現実の世界はもっと複雑だ。善を支持する人が、時に悪を受け入れることもある。私たちは人々の有益な行いには敬意を払い、過ちや欠点はきちんと指摘し批判すべきだ。ナスルの場合、微妙なニュアンスを要する問題をツイッターに書き込んだことに後悔を示したのは正しい。しかし彼女の解雇は、主流メディアにあふれるステレオタイプ的な見方を強めるだけだ。

 念を押すようだが、私はテロに関するファドララの立場や、ナスルのツイッターでの発言を弁護しているわけではない。しかし今回のCNNの気骨のない対応を見て、改めて思い知らされた。主流メディアが道徳的に破綻しているという見方が強まり、ブログの世界が徐々にメディアを支配しつつある理由を。

Reprinted with permission from Stephen M. Walt's blog 09/07/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ルーブル美術館強盗、仏国内で批判 政府が警備巡り緊

ビジネス

米韓の通貨スワップ協議せず、貿易合意に不適切=韓国

ワールド

自民と維新、連立政権樹立で正式合意 あす「高市首相

ワールド

プーチン氏のハンガリー訪問、好ましくない=EU外相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中