最新記事

韓国

朝鮮半島のミスター太陽、金大中

歴史的な南北首脳会談を実現させた金大中大統領がノーベル平和賞を受賞。国民が喜びに沸く一方で内政軽視の姿勢に批判も

2009年8月18日(火)16時23分
ジョージ・ウェアフリッツ(東京支局長)、李炳宗(ソウル)

雪解け 00年6月、金正日総書記(左)との南北首脳会談を実現させた金大中(6月15日、平壌の空港) Reuters

 光州の人々がニュース速報を聞いたのは、帰宅ラッシュがピークに達しつつあった10月13日の午後6時。ノルウェーのノーベル賞委員会が、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領に今世紀最後のノーベル平和賞を贈ると発表したという知らせだった。

 光州は金大中の故郷であり、1980年に彼の逮捕がきっかけとなって起きた暴動で多くの市民が犠牲となった場所でもある。地元出身の民主化の英雄がノーベル賞に決まったというニュースは、一時にせよ、そうした悲劇の記憶を薄れさせたにちがいない。

 車のラジオで知らせを聞いた人々は、新聞の号外をもらうためにあわてて車を止めた。光州に近い港町の木浦では花火が上がり、金をたたえるプラカードがあちこちに掲げられた。光州の駅では通勤客がテレビの前に群がり、オスロからの中継を見ながら歓声を上げたり涙を流したりした。

 その場に居合わせた初老の男性は、ハンカチで涙をふきながら言った。「死んだ両親が生き返ったと思えるくらいうれしい」

 ノーベル賞委員会が評価したのは、金大中が人生の大半を賭して築いた業績だ。委員会は、金が「幾度となく生命の危機にさらされ、長期間の亡命生活」を強いられながらも韓国の民主化を実現したことを称賛。「アジアにおいて、人権を抑圧しようとする試みに対抗した人権擁護の旗手」となったことも受賞の理由に掲げた。

統一の実現はまだ遠い

 ノーベル賞委員会がとくに強調したのは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との和平への取り組みだ。「同氏の訪朝は両国間の緊張緩和のプロセスに弾みをつけた。今や朝鮮半島でも冷戦が終結するとの期待が浮上している」

 そうかもしれないが、金の任期中には無理だろう。現在74歳で任期も2年りとなった金には、北を説得して交渉のテーブルで譲歩を引き出し、朝鮮半島を分断しているイデオロギーの差を埋める時間はあまり残されていない。

 自由で豊かな統一朝鮮をつくるという彼の夢が、今日ほど現実味を帯びてみえたことはない。だからといって、統一がすぐに実現するわけではない。「アジアのネルソン・マンデラ」と呼ばれる金が旗振り役だとしてもだ。

 南北の統一はとてつもなく複雑な手続きが必要となり、コストも莫大な額になる。しかも、もはやプライドしかない北朝鮮から大幅な譲歩を引き出さねばならない。

 だが、金はそれくらいでくじける男ではない。統一に関する彼のビジョンは30年前から変わっていないと、彼を知る人々は言う。98年に大統領に就任する前から、金は南北の雪解けをめざす「太陽政策」の実施を公約していた。

 韓国経済を打ちのめした金融危機や、昨年6月に起きた北との武力衝突にも金は屈しなかった。
 「過去50年間、彼は一度も主義主張を曲げたことがない」と、民主化運動時代からの同志である与党・新千年民主党所属の国会議員、金玉斗(キム・オクトゥ)は言う。「彼は信念の男だ」

 6月に開かれた歴史的な南北首脳会談は、朝鮮半島を長年支配してきた嫌悪と敵意を和らげた。両国は南北を結ぶ道路や鉄道の再建に同意し、8月には離散家族の再会も実現した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ダウ、一時初の4万ドル突破 好決算や利下げ観測で

ビジネス

金融デジタル化、新たなリスクの源に バーゼル委員会

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ワールド

漁師に支援物資供給、フィリピン民間船団 南シナ海の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中