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中間選挙

母グマたちの乱はアメリカ政治を変えるか

2010年10月29日(金)16時47分
リサ・ミラー

「大きな政府の触角が私たちの生活のあらゆる場所に入り込もうとしている」と、オドネルは保守派の政治集会で語った。「ワシントンの官僚と政治家は、私たちがどの電球やトイレを使い、どの車に乗るべきか指図しようとしている......あなたの10代の娘が中絶手術を受ける費用は提供するのに、学校の自動販売機で炭酸飲料を買うことは禁じようとする」

 小さな政府こそ、子供たちに幸せをもたらすと、ママ・グリズリーたちはきっぱり主張する。政府の財政出動や規制は市場の活力を奪い、雇用創出の足を引っ張ると考える。「家族を食べさせられなければ、自尊心が失われてしまう」と、アングルの友人でネバダ州ワシュー郡の共和党委員長を務めるハイジ・スミスは言う。

 ママ・グリズリーたちがとりわけ重んじるのは財政の規律だ。昔ながらの倹約の精神を説く。

 もっともヘイリー夫妻は、過去5年連続して税金の納入期限に遅れている。オドネルに至っては、学生ローンと住宅ローンの返済を怠ったことがあると、地元紙ニューズ・ジャーナルは書いている。しかも、2万ドルの選挙資金を私的に流用した上に、それを所得として申告せず脱税したと、独立系市民団体「ワシントンの責任と倫理のための市民」によって検察と連邦選挙委員会に告発されている。

 ママ・グリズリーたちは、「生まれる前の子供」ほど弱い存在はないとの理由で中絶に反対する。アングルはとりわけ過激な主張をしている。6月にラジオのインタビューで、父親にレイプされて妊娠した少女にも中絶を認めないのかと問われて、こう答えた。「過ちを2つ足しても、物事は正しくならない」。その少女は「レモン(のようなつらい状況)をレモネードに変える」よう努めるべきだと、アングルは言った。

 オドネルは、ここまで物事を単純化しない。以前、オドネルの姉妹が自分自身の命を救うために中絶の処置を受けざるを得なかったことがあった。2つの命のうちのどちらを救うかという選択になった場合は、「それぞれの家族の判断を尊重すべき」だと、オドネルは述べている。

マーケティングの道具?

 ママ・グリズリーたちは、先輩の女性政治家たちが訴えてきた男女同一賃金の徹底、育児休暇制度の普及、託児施設の整備などの論点にはほとんど関心を示さない。それでも彼女たちの大半は、「母親であること」が選挙運動の武器になると思っているようだ。

 ペイリンも最近の演説では、母親であることを前面に押し出している(もっとも少なくとも今のところ、いかなる選挙にも名乗りを上げていないのだが)。

 アングルの政治的な主張には、2人の子供の母親としての経験が強く反映されている。ポルノ規制はその典型だ。アングルは以前、コンビニエンスストアのコミック売り場の隣に公然とポルノ雑誌が陳列されていることを問題にし、司法当局に働き掛けて、ポルノ雑誌を見えない場所に隠すよう義務付けさせることに成功した。

 一方、ヘイリーは母親の立場より、ビジネスウーマンの立場を強調している。いまヘイリーが知事選で接戦を繰り広げているサウスカロライナ州は、選挙で当選して公職に就いている女性の数が全米で50位という州。母親であることをアピールし過ぎないほうが得策と考えたのだろう。

 最も迷走しているのは、オドネルだ。05年には、性差別を理由に勤務先の保守系シンクタン
クを告発し、700万ドルの損害賠償を求めた。右派政治家としては極めて異例の行動だ。ところがそれに先立つ98年には、妻は「しく(夫に)従う」べきであるという南部バプテスト連盟の方針を支持する発言をテレビでしている。

 ママ・グリズリー現象の本質は政治運動でもなければ、一貫した政治理念ですらない。政治や社会の現状に不満を抱く層に注目を引き寄せるためのマーケティングの道具とほぼ見なしていい。

 確かに、不満を感じ、怒りのはけ口を欲し、ワシントンを変えたがっている国民は多い。しかし、いまアメリカが直面している数々の問題は、粗暴なクマのような振る舞いによって解決できるほど単純ではない。

[2010年10月 6日号掲載]

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