最新記事

米朝関係

カーター訪朝は米国人釈放だけで終わらない?

アメリカ人釈放だけでなく、膠着していた米朝関係を好転させるかもしれない、と期待させる元大統領の実力

2010年8月25日(水)17時51分
ラビ・ソマイヤ

訴えは届くか 「拷問収容所」に入れられる前、38度線の近くで北朝鮮に人権改善を訴えていたゴメス(今年1月) Lee Jae Won-Reuters

 ボストン出身のアメリカ人が今年4月に北朝鮮で8年の労働教化刑を受けて服役している。米国務省は釈放を要求したが交渉に失敗し、ジミー・カーター元米大統領が訪朝することになったと、米フォーリン・ポリシー誌は報じた。

 韓国で英語教師をしていたアイジャロン・マリ・ゴメス(30)は今年1月、中朝国境を越えて北朝鮮に入国。身柄を拘束され、収容所送りになった。4月に8年の労働教化刑を言い渡され、北朝鮮の発表によれば7月に自殺を図ったという。

 悪名高いこの収容所には、ロバート・パク(28)というロサンゼルス出身のアメリカ人も拘留されていた。人権活動家の彼は「神の愛」をこの国に広めるため入国。今年2月に釈放されて帰国したが、拘留中に受けた性的虐待と拷問による心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、治療施設に収容された。

 ロイター通信などによれば、8月9〜11日に米国務省の特別チーム4人が秘密裏に平壌を訪問。ゴメスの釈放を交渉したが、失敗に終わった。

 そして今回、カーターとその家族が北朝鮮を訪問することになったが、フォーリン・ポリシー誌が伝えるとおりカーター一行は「米政府の公式な特使ではなく」「民間人の立場で」訪問する。昨年8月、米カレントTVのアメリカ人記者ローラ・リンとユナ・リーの釈放について交渉するため訪朝したビル・クリントン元米大統領のときと同じだ。

規定路線を外れた行動もできる人物

 ともに民主党のジョン・ケリー上院外交委員会委員長かニューメキシコ州知事のビル・リチャードソンが訪朝する案もあったらしい。カーターが選ばれたのは、現在は政府に公的な肩書きを持たない人物なら、北朝鮮に対するオバマ政権の厳しい姿勢に影響しないと判断されたためだ。

 カーターには過去に北朝鮮との交渉に成功した実績もある。94年に彼は当時の金日成(キム・イルソン)主席と会談。北朝鮮に独自の核開発計画をあきらめさせ、核危機を解決するきっかけをつくった。

 今回のカーターの訪朝が今年3月の韓国海軍哨戒艦沈没事件で冷え切っている北朝鮮と世界の関係をも改善させる可能性があると、専門家たちは見ている。カーターはゴメスの釈放以外について議論することを期待も許可もされていないはずだが、彼はこのような状況下でしばしば政府の既定方針から外れる行動を取る人物だ。

 94年の交渉はカーターが当時のクリントン政権に示された内容を超えた話し合いを行ったおかげでより大きな成果が得られたと、フォーリン・ポリシーは報じている。「カーターと北朝鮮は94年の訪朝以来、互いを信頼している」と、ソウルにある北韓大学院大学の梁茂進(ヤン・ムジン)教授はロイター通信の取材に答えている。「北朝鮮に対する圧力路線から対話路線に転換するうえで、彼の訪朝はとても好ましい」

 元米国務省北朝鮮担当官のジョエル・ウィットも簡潔に語っている。「ジミー・カーターを北朝鮮に送れば事態は動き出すだろう」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛

ビジネス

株式・債券ファンド、いずれも約120億ドル流入=B
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中