最新記事

THE GLOBAL ECONOMY 2018

異次元緩和に4つの問い 中央銀行は今年「正念場」を迎える

2018年1月11日(木)12時13分
ラグラム・ラジャン(前インド準備銀行総裁、シカゴ大学教授)

外国からの投資は「迷惑客」?

最後の問いは、この間の異次元緩和が先進国におけるリスクに対する姿勢や、新興国と先進国との間の資金移動、中央銀行の独立性に、長期的に想定外の影響を及ぼすかどうかだ。

量的緩和で金利が低下した結果、あらゆるタイプの資産に対するリスクプレミアムが低下することになった。しかし、国際決済銀行(BIS)のクラウディオ・ボリオとウィリアム・ホワイトが警告するように、これは金融サイクルを加速しかねない。

それに、潤沢な流動性が確保されていればレバレッジが高まる。借り手はいくらでも借りられると信じ、負債が膨らんでも大丈夫だと思い込む。そうなると金融システムの脆弱性が増す。だからこそ一部の国の中銀はインフレ目標達成に程遠い状況でも緩和政策の出口を探している。

新興諸国を見れば、金融緩和がいかに金融システムに打撃を与えるかが分かる。主要国の中銀が利下げに動くと、投機的な資金は高利回りを求めて一気に新興市場へと向かう。逆に引き締めに動くと、資金は一気に逃げていく。

13年の「テーパー・タントラム」でも一部の新興国は大打撃を受けた。成長を支えていた大量の資金の突然の流出に対応できなかったからだ。

外国からの投資は、よく「歓迎すべき客」に例えられる。実際、多くの新興市場で歓迎されてきた。しかし、こうした資金は一度に押し寄せたかと思うと、別れの挨拶もなしで一斉に帰っていく。客がいつ到着して、いつ帰るのかを招待した側が知っていれば、それなりの準備もできる。しかし自分たちの都合で勝手に押し掛けては立ち去っていくのでは「迷惑客」だ。

新興国はこうした事態に戸惑い、傷つきながら学習してきただろう。しかし負の波及効果が生じた場合に主要国の中銀が負うべき責任については、今のうちに明確にしておくべきだ。最後に、各国中銀の掲げる目標とその役割についての懸念がある。

かつての中銀は「目標は達成する。だからこちらのやり方に口を出すな」という姿勢を堅持していた。主な役割が高インフレ対策で、主な手段が政策金利の上下(と通貨供給量の若干の調整)だった時代にはそれで良かったのだろう。しかし低インフレの時代には、もはや通用しない。

政策の自由度は素晴らしく高いのに、政策目標を達成する方法に関する現実的・科学的な理解もない。この状況は危険だ。斬新な政策への期待がのしかかる一方で、買い入れが可能な資産にほとんど制限はなく、中銀は誰彼構わず資金需要を満たしてきた。

金融政策がますます財政政策の色彩を帯びるようになり、中央銀行が勝者と敗者を決める権力を持ち始めた。こうなると政治家が疑問を呈し始めるのは時間の問題だ。政治が中銀に口を出し、中銀の独立性と権威が脅かされる事態を招くかもしれない。

08年の金融危機に対する政治の対応の遅れを補うことで、中央銀行は政治の表舞台に立った。この「ヒーロー」の登場で確かに危機は抑えられた。

だが選挙で選ばれたわけでもない強力なヒーローの存在を、政治家は快く思わない。博士号を持ち、特殊な用語を使い、スイスのバーゼルやアメリカのジャクソンホールのような景勝地で内輪の会合を開く──そんな中銀の面々は、ポピュリストやナショナリストが嫌う典型的なエリートだ。

当然、中銀としては自分たちの機能や権限が政治に荒らされる事態は避けたいだろう。ならば知らぬ顔を決め込まず、この間の異例な金融政策の評価を自ら進んで行うべきだ。それが通貨の番人たる中銀の責務だ。

それを怠れば、今年は金融政策が未知の領域をさまよう時代の終わりではなく、新たな漂流の始まりとなってしまうことだろう。

©Project Syndicate

※「THE GLOBAL ECONOMY 2018」特集号はこちらからお買い求めいただけます。




ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中