最新記事

IT業界

アップルの頭脳流出が始まった

2011年7月26日(火)14時48分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 今、時は満ちたようだ。米投資銀行ニーダムのアナリスト、チャールズ・ウルフは個人的意見として、ジョンソンはクックよりアップルCEOに適任だったと言う。「ロンが退社するのは、彼にはCEOになるチャンスがなかったからか、本人にその気がなかったせいだろう」

 後者の可能性も大いにある、とウルフは言う。「ジョンソンは何より小売りの仕事が好きで、自分こそ世界一の商人だと証明したがっていた」

 本当のリスクは、アップルのほかの経営幹部も新たな挑戦を求めて会社を去りかねないということだ。出世し損なったわけでなくても、アップルで巨額の資産を築いた後では、彼らが新しいことをやってみたくなっても不思議はないからだ。

 それに、ジョブズがCEOでなくなればアップルの仕事もそれほど面白くなくなるかもしれない。IBM出身のクックは有能な指導者だし、他の経営幹部にも尊敬されているというが、彼には天才たちを引き付けておくカリスマ性や魅力はない。

 例えばアップルのデザイン部門の責任者で教祖的存在のジョナサン・アイブは、ジョブズの親友の1人。あまりに仲がいいので社内では2人まとめて「ジャイブズ」と呼ばれることもある。アイブは自動車マニアだ。もしどこかの自動車メーカーに、名門ブランドを生まれ変わらせてみないかと誘われたらどうするだろう。

ゲイツ退任時と同じ運命

 ジョンソンはアップルに籍を置いた11年の間に4億㌦を稼ぎ、小売りの天才という名声をほしいままにした。
アップルが01年に最初の直営店をオープンしたとき、多くの専門家はせせら笑った。景気は悪いし、ゲートウェイをはじめ他のパソコンメーカーは店舗を閉めている最中だった。米ビジネスウィーク誌は「なぜアップルストアは失敗するか」という題の記事であるアナリストの見解を引用し「さんざん苦労して大損した揚げ句、2年で撤退するだろう」と書いている。

 だが、アップルストアは大成功した。ニューヨーク5番街の店舗は09年までには、店舗面積比でティファニーを上回る利益を上げるようになった。

 この成功はジョンソンに負うところが大きい。空間をふんだんに使った広々とした内装と、透明感のある美しい陳列台という斬新な店舗ビジョンは彼のもの。特別の訓練を受けたエキスパートが製品についての相談に乗ってくれる「ジーニアスバー」も彼の考えだ。

 米ITコンサルティング会社クリエーティブ・ストラテジーズのティム・バジャリン社長は、ジョンソンは部下をよく鍛え上げたので、彼が去ってもアップルはまったく困らないだろうと言う。「ジョンソンは、自分が要らなくなってしまうような仕事の仕方をする男だ」

 バジャリンによれば、ジョンソンは信じられないほど優れた小売りエリート集団を育ててきた。「ビジョンはロンのものだが、戦略は部下たちの中にたたき込まれているので1つだって失策を犯すことはないはずだ」

 ほかの幹部も社外に飛び出すのだろうか。ビル・ゲイツがマイクロソフトのCEOを辞めたときはそうだった。彼に忠実だった多くの幹部が、もっと楽しい仕事を求めて出て行った。

もしジョブズが会社に戻らないと決心したら、アップルで同じことが起こってもおかしくない。

[2011年6月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏のミサイル防衛システムへの関与で調査要請=

ビジネス

丸紅、自社株買いを拡大 上限700億円・期間は26

ワールド

ウクライナ協議の早期進展必要、当事国の立場まだ遠い

ワールド

中国が通商交渉望んでいる、近いうちに協議=米国務長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中