最新記事

北朝鮮

資本主義、北朝鮮スタイル

強制収容所は政治犯ではなく経済犯で満杯。一旦動き始めた市場経済化の流れは金正日にも止められない

2009年12月24日(木)15時14分
ジェリー・グオ(本誌記者)

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は過去4年間、民間の経済活動を全力で抑え込んできた。かつて政治犯が入る場所だった悪名高き強制収容所は「経済犯」であふれ返っている。自由市場は都市の中心部から周辺部に追いやられ、1日の営業時間を数時間に制限されている。

 99年の時点で刑法に記載されている経済犯罪は8種類だけだったが、04年には75種類に増えた。私営のレストランやモーテル、商店を経営して「特に大きな利益を得た者」は10年以上の強制労働に処すこともあると、07年の刑法には規定されている。

 だが、驚くべき事態が起きている。金正日は資本主義の実験を中止しようとしたが、どうやら失敗しつつあるらしい。金王朝は過去のどんな国家よりも厳しく国境と国民を管理してきたが、今では支配力を失い始めている。

 米ピーターソン国際経済研究所のマーカス・ノーランド副所長とカリフォルニア大学サンディエゴ校のスティーブン・ハガード教授が発表した新しい調査によると、当局が自由市場への締め付けを強化しているにもかかわらず、商売をするのが生活水準を上げる最もいい方法」だと考える北朝鮮国民が今も68%前後いる。

 時間がたつにつれて、民間のビジネスがやりやすくなった」と答える国民の割合も着実に増加している。調査によると、最も衝撃的なのは市場での稼ぎに依存する世帯の割合だ。今ではほぼ半数の国民が民間部門からすべての収入を得ている(10年前は43%だった)。

 さらにノーランドによれば、公的経済の枠外にある民間ビジネスに携わるエリート層も増加の一途をたどっている。中国とかなり大掛かりなで取引を行っているケースも多く、02年から現在までに両国間の国境取引を手掛ける会社が数百社も新たに誕生している。

「民間部門で働く人々が急速に増えている」と、ノーランドは言う。「教育レベルの高い富裕層もいれば、農民もいる。あらゆる階層が民間ビジネスに進出している」

 金正日が体制の生き残りを懸けて、市場改革の実験を開始したのは90年代後半。当時の北朝鮮経済はマイナス成長に落ち込み、国民は干ばつと飢餓にあえいでいた。

 そこで金正日は中国を3度訪問し、共産党主導の政治体制と自由市場経済を融合させる方法を学んだ。01年には軍幹部を引き連れて上海証券取引所を訪れ、株取引の考え方を自ら説明した。

崩れた「社会主義の楽園」幻想

 金正日は02年までに市場経済導入の可能性を示唆するシグナルを出し、価格統制の緩和と収益の一部を個人に与えるインセンティブ(奨励金)の導入に踏み切った。さらに自由市場が食料品以外の日用品を扱うことも黙認した。こうした動きの背景には、市場経済を部分的に取り入れ、注意深く管理しながら世界市場に自国を開放していこうとする狙いがあった。

 この戦略は「部分的」には成功だった。北朝鮮は欧米のビジネスマンをごく一部しか受け入れず、開店したファストフードの店舗は1軒だけだったが、対外貿易は当局の管理能力を上回るペースで拡大した。90年代から00年代初めにかけて統制経済が崩壊したため、多くの中流層は生活のために外国人と取引せざるを得なくなった。

 国有企業の幹部は外国企業との合弁事業に乗り出し、その利益を国家に納めず自分の懐へ入れた。国境地帯の貿易業者は海賊版のDVDや違法ラジオを含む外国製品を国内に持ち込んだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中