最新記事

スパイ狩り天国、中国の恐怖

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

スパイ狩り天国、中国の恐怖

政治とビジネス上の利害が対立し、中国で捕まった外資社員は数百人にも上る

2009年9月29日(火)13時06分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 スターン・フーは英豪系資源大手リオ・ティントの中国責任者として、中国を相手に厳しい姿勢で交渉に臨んできたが、周囲から「誠実な男」と評される人物だ。交渉のテーブルで対峙したことがある中国の鉄鋼業界関係者のなかにも、このオーストラリア国籍のビジネスマンについて好意的な評価を口にする人がいる。

 しかし7月5日、フーは3人の部下と共に中国当局に身柄を拘束された。リオ・ティントの鉄鉱石を中国側がいくらで輸入するかをめぐる価格交渉が長期化し、ついに暗礁に乗り上げた時期のことだ。フーらの身柄拘束を伝える中国の国営メディアの報道には、「スパイ」「国家機密」「贈賄」といった言葉が飛び交っている。

 この「リオ・ティント・スパイ事件」(と中国では呼ばれている)は一番目立ってこそいるが、唯一の例ではない。フーのように中国政府と利害が衝突した外国企業の外国人スタッフが中国の警察に身柄を拘束されたり、刑務所に送り込まれたりする例は少なくない。その人数はこれまでに何百人にも上っている。

 アメリカ人も50人ほどがそういう経験をしている。その1人が医療機器販売業者のジュード・シャオだ。98年に詐欺と脱税の罪で有罪判決を受け、16年の刑を言い渡された。

 しかし容疑を裏付ける信憑性のある証拠はなく、おまけに裁判所の審理の1週間前まで弁護士との接見も許されなかった。逮捕された本当の理由は税務調査官に賄賂を渡さなかったことだと、シャオの釈放運動を精力的に推し進めたスタンフォード大学ビジネススクール時代の友人たちは言う。

 1年ほど前に、シャオは仮釈放されて、上海で家族と暮らすことを許された。北京オリンピックの開幕を目前に控えて、中国当局が世界の目を気にしたのだろう。とはいえ、完全に自由の身になったわけではない。仮釈放期間が終了する13年までは、外国人と会うには警察の許可が必要で、上海を離れることも許されていない。

政府に歯向かった代償?

 シャオの釈放を熱心に働き掛けた団体の1つが、サンフランシスコを拠点に主として中国の政治犯の解放を目指して活動している「トイ・ホア(対話)財団」だ。シャオの一件は「中国でビジネスを行うことに伴う危険」を浮き彫りにしたと、同財団の創立者ジョン・キャムは言う。「恣意的に運用される司法制度の下で、政治上の理由で人々が投獄されるだけでなく、ビジネス上の理由によっても投獄が行われている」

 中国で経済犯罪を理由に身柄を拘束される外国企業関係者の多くは、フーのような幹部ではなく現場レベルのスタッフ。そうした中で、リオ・ティントをめぐる中国当局の捜査は異例の徹底ぶりと言っていい。警察は通常より捜査の範囲を広げており、フーの交渉相手だった中国の国有鉄鋼会社の幹部たちの身柄を拘束したり、一般社員に事情聴取を行ったりもしている。中国の鉄鋼産業全体がこの一件で衝撃を受けた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、半導体関連は総じて堅調

ワールド

バイデン氏、ガザの大量虐殺否定 イスラエル人の安全

ビジネス

米自動車業界団体、排出量削減巡るEPA規則の2重要

ワールド

安保理、ロシアの宇宙決議案否決 米「核搭載衛星を開
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 10

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中