コラム

トランプ政権の中東敵視政策に、日本が果たせる役割

2017年01月31日(火)12時00分

<中東諸国を見境なく敵視するトランプ政権の中東外交に対して、日本にはかつてのようにアメリカと中東の橋渡しをする役割が求められている>(写真:トランプ政権の入国制限にアメリカ各地の空港で抗議行動が)

 アメリカにいる友人たちから、悲鳴のような訴えが届く。トランプの「中東・アフリカ諸国7カ国からの入国禁止」令を受けてのことだ。

 昨年結婚したばかりのイラク人の友人は、ご主人がアメリカにいる。クリスマスに会いに行ったばかりだが、再会はいつになるのか。アメリカにいるシリア出身の友人は、家族、親族を呼び寄せることができない。例を挙げればきりがないが、引き裂かれる家族、友人の人生がこれからどうなるのか、胸が痛む。

 とりわけ腑に落ちないのが、入国禁止の対象となった7カ国のなかにイラクが入っていることだ。ブッシュ元大統領が2003年のイラク戦争で「民主化」を謳い、議会と選挙と新生イラク政府を導入して、アメリカ肝いりで再生したはずのイラクが、入国禁止相手国とは。イラク戦争後にアメリカがイラクでやってきたことが失敗だったと認めたばかりでなく、5年前に撤退したからにはもはやその後の復興には手を貸すつもりもない、という姿勢の表れか。ちなみにいまだ米軍が駐留しているアフガニスタンは、入国禁止相手国になっていない。アフガニスタンでは、イラク以上に「イスラーム国」が跋扈しているというのに。

【参考記事】トランプvsアメリカが始まった?──イスラム教徒入国禁止令の合憲性をめぐって

 戦争で壊すだけ壊しておいて、治安の安定化もままならぬ状態で放り出し、挙句の果てには面倒を持ち込む国として拒絶する。このアメリカの手のひら返しに、イラクは繰り返し煮え湯を飲まされてきた。1991年の湾岸戦争後、当時のフセイン政権に反旗を翻すようにイラク人に呼びかけた米軍は、実際に反乱がおきると反乱者に一切手を貸さず、政府軍の鎮圧を逃れて命からがら難民化した南部のイラク人たちは、長らくサウジ国境の難民キャンプに放置された。その後CIAに協力してきたクルド人がイラクを追われたとき、身柄を引き受けたアメリカが彼らを収容したのは、遠く離れたグアム島だった。

 その不義理がけしからん、と言われ続けて、ブッシュ政権期のネオコンは、9.11事件を受けてイラク戦争を起こし、フセイン政権を倒したのである。湾岸戦争後にアメリカに協力したイラク人を見捨てた。だから12年後の2003年に、遅ればせながら「イラクを救いに」戦争を起こした。イラク人が12年間もアメリカを、花を持って待ち焦がれていると信じて。

 その新生イラクを再び「敵国」扱いするトランプ政権に対して、イラク人はどう対応するだろうか。反政府、反米勢力は、アメリカの口車に乗ってイラク戦争を利用した戦後のイラク政権はケシカランと、わが意を得たりだろう。大統領選にトランプ氏が勝利したときに、イラク人の間で出回っていたツイッターにこういうものがあった。「クリントン政権の時にはターリバーンが、ブッシュ政権期にはアルカーイダが、オバマ政権期にはISがいた。さてトランプ政権期にはどんなゾンビが出現するだろう?」

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ

ワールド

トルコでIS戦闘員と銃撃戦、警察官3人死亡 攻撃警

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story