コラム

ニューヨークの地下鉄にホームドア導入は可能か?

2023年10月25日(水)12時00分

ニューヨークでは最近、地下鉄ホームからの転落事故が多発している pisaphotography/Shutterstock

<天井までを覆う「フルスクリーン式」ではなく、日本で一般的な「ハーフハイト式」ならコストは格段に下がる>

コロナ禍の期間中は、ニューヨークの地下鉄にとって極めて困難な時期として記憶されています。まず初期には地下鉄がクラスターの発生源となってしまい、イメージが一気に悪化しました。特に感染対策の遅れから乗務員の感染や死亡が増えたこともありました。続いて、ロックダウンが行われると極端に乗車率が下がりました。

 
 
 
 

またクラスター発生を恐れて刑務所から臨時出所した受刑者が、シェルターの管理を嫌ってホームレス化し、地下鉄の駅構内や車両内に滞留するようになると、著しく治安が悪化し、更に乗車率の低下を招くという悪循環に陥りました。

こうした一連の問題は、この2023年秋になってかなり改善してきました。乗車率で言えば、パンデミック以前の「ノーマル」と比較して2023年9月の各線の乗車率は68%から72%まで回復しています。ところがここへ来て新しい問題が出てきました。駅ホームからの転落事故が増加しているのです。

ケンカのため突き落とされたという事件も多いのですが、全く誤って足を踏み外して落ちたという事例も増えています。また、ニューヨークの地下鉄は、東京の丸の内線や銀座線、大阪の堺筋線以外のOsaka Metroなどと同様に、全線がサードレール方式と言って線路脇の金属レールに高圧電流が流れているので、転落すると感電事故を起こす危険があります。2022年の1年間に、転落による死亡は88件に及んでいました。

ネックは莫大なコストだが......

特に2022年2月にアジア系の女性が、精神疾患の男にホームから突き落とされて死亡した事件は、ニューヨーク市全体にショックを与えました。類似の事件は、この10月にも発生しています。こうした事態を受けて、ニューヨーク市内の世論には「ホームドア設置」の声が高まっており、地下鉄を運営するMTA公社も設置に前向きとなっています。

ただ、ここへ来て動きが鈍ってきました。問題はコストです。とりあえず進んでいるのは主要な3路線のそれぞれ代表的な1駅、計3駅にホームドアを設置する契約で、これだけで2億5000万ドル強(約380億円)と巨額でした。MTA公社は8月に契約するとしていましたが、延び延びとなっており早くても12月まで結論が出せないとしています。

ちなみに、日本の場合はドア1つあたり400万円、1駅で3億円が相場ですが、上記の契約ですと1駅で120億円以上となっており、日本とは桁違いのコストです。原因としては、日本で主流の大人の肩ぐらいの高さの可動柵を設ける「ハーフハイト式」ではなく、天井までを覆う「フルスクリーン式(東京の南北線や、大阪のJRうめきた駅のようなタイプ)」で設計しているためと思われます。

これに加えて、ニューヨークの地下鉄は100年以上の歴史のある古い線区もあり、重たいホームドアを乗せるにはプラットホームの構造を強化する必要もあると考えられます。更に、アメリカの場合は鉄道の最新技術は事業者が自前で判断せず、コンサルの助言を必要とするという構造も考えないといけません。欧州系のコンサルなどが、必要以上にコストの掛かる設計をアドバイスするということは、過去にも問題になったことがあるからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story