コラム

「チェンジ」なき再選、オバマ辛勝の意味

2012年11月07日(水)17時18分

 何とも危ない僅差の勝利でした。まだ、最終的な得票数は未確定ですが、獲得選挙人数は優勢であったものの、それで大勝という印象を持つとしたら違うと思います。純粋な全国での得票数(ポピュラー・ボート)では紙一重の差という感触だからです。

 いずれにしても、2008年には「チェンジ」というスローガンを掲げて全米でブームを起こしたバラク・オバマの政権は2期目に入ることになりました。アメリカの大統領が再選されて2期目に入るという例では、1984年のレーガン、1996年のクリントン、2004年のブッシュと同じことになったのです。

 ちなみに、レーガンとクリントンの再選は現職への圧倒的な信任というべき「地滑り的勝利」でした。また、2004年のブッシュの再選は、僅差の勝利ではありましたが、国論を二分した「イラク戦争」を争点とした中で現職が信任されたという事実は重いというのが、歴史上の評価になると思います。

 ですが、今回は違うのです。まず、大変に白熱した僅差の戦いだったのは間違いありません。ですが、そこにドラマチックなものは感じられなかったのです。

 それにしても、不思議な選挙戦であり、不思議な結果の出方でした。いったい、アメリカに何が起きているのでしょう?

 アメリカの有権者は、2008年にはオバマの掲げた「チェンジ」に大きな期待を寄せて、この「黒人初の大統領」に国政を託しました。ですが、今回の2012年の選挙戦では「チェンジ」という文字はどこにも見当たらなかったのです。

 有権者が「チェンジ」を否定したのでしょうか? そうではなかったのです。アメリカの世論は、少なくとも2008年にオバマを支持した層は「チェンジ」への期待を捨ててはいないのです。格差是正、アメリカの国際協調への回帰、与野党合意による財政赤字の圧縮、そして何よりも雇用の改善といった「チェンジ」への期待は、オバマ政権の4年間に拡大こそしたが、消えてはいないのです。

 では、どうして選挙戦から「チェンジ」が消えたのでしょうか? それはオバマが自らその「旗」を下ろしたからでした。2期目を狙う選挙戦では、もう「チェンジ」というスローガンは使わないという判断です。「チェンジ」に変わっては「フォワード(前進)」というスローガンが使われましたが、インパクトは遥かに弱かったのです。

 オバマは思想の立ち位置を変えたのでしょうか? 野党の理想主義者から、政権を担当する中で現実主義にシフトしたのでしょうか? それも少し違うと思います。一言で言えばオバマは「チェンジができなかった」のです。やろうとしたがどうしても「できなかった」のです。

 悪く言えば、オバマの能力が不足していたのでしょうし、オバマの肩を持つならば内外の情勢が許さなかったとも言えますが、いずれにしても、「チェンジはできなかった」のです。

 では、オバマはそれでもどうして勝ったのでしょうか? それは、有権者が「チェンジ」を諦めたからなのでしょうか? 2009年の日本の民主党のマニフェストについて日本の有権者が見向きもしなくなったように、オバマが2008年に言っていた「チェンジ」を有権者は捨てたのでしょうか? 「左から右へ」と変節したのでしょうか? いわゆる右傾化とか左傾化というようなムードの変化があって、アメリカの世論はシフトしたのでしょうか?

 それも違うのです。世論は「チェンジの出来なかったオバマ」に対しては落胆を示しました。ですが、それでも大統領としてのオバマは信任したのです。

 オバマは「チェンジ」ができない一方で、政権としての性格は変化して行きました。イデオロギー的に左から右への変節を果たしたというわけではないのですが、実質的には「理想を実現する変革者」ではなく、「現実を直視した中道実務派」への変化を遂げて行ったのです。

 それは、ロムニーの政治姿勢とは極めて近いものとなりました。ロムニーはロムニーで、ここ十数年の共和党の「病気」とも言える「社会価値観での保守派でなくては共和党の候補になれない」という「壁」を突き破って代表候補の座を射止めた「中道実務派」に違いありません。

 ここで有権者、特に「中道無党派層」には好機が訪れたのでした。有能に見える「中道実務派」の政治家2人のうち1人を選ぶという、願ってもない状況が生まれたのです。

 オバマはそうした路線に突き進んで行きました。ロムニーはそうしたオバマを「変節した」とか、それでも「大きな政府論の民主党左派であり誤りだ」という批判を続けていたのですが、選挙の年の秋、3回のTV討論を続ける中で奇妙なことにロムニーはオバマに対して「意見がどんどん一致して」行ったのです。

 結果的にオバマは勝ちました。では、有権者はオバマを有能だと見込んだのでしょうか? これは分かりません。恐らくは「同じような中道実務派であるならば、軍事外交などで無難に進めているオバマの方が、未知数のロムニーよりまし」という心理があったのだと思います。

後は、景気がスローな改善をしているのなら、そのトレンドを壊したくないとか、ハリケーンでの被災などを目の当たりにする中で「政府の役割」への期待を持ち続けたいという心理もあったのでしょう。

 またオバマ夫妻には、ある不思議なカリスマ性があり、有権者が「親近感」を強く感じているということがあると思います。それは今年の9月に行われた民主党大会で、オバマ自身のスピーチは無難なものであったものの、ミシェル夫人のパワフルなスピーチが全米で評判になることで、大統領の支持率が一気に6%も上がったということにも現れています。

 いずれにしても、今回2012年の大統領選は、中道実務家同士の「コンテスト」になり、オバマが辛うじて勝ったのです。2008年の選挙とは全く異なる構図となり、結果となったわけですが、その全ては「オバマがチェンジに失敗した」ということに端を発しているのです。

そこには勝利者ゆえの政治的自由度はありません。むしろ有権者は、景気や雇用に、そして財政規律での与野党合意などについて即刻結果を出せという課題をこの大統領に負わせたのです。いわば、打たれた先発ピッチャーを立ち直りを期待して続投させるようなものです。

ということは、オバマは守りに入ることはできないのです。安全運転ではいけません。ということは、思い切った判断をして、結果を出さねばダメなのです。財政の崖がまずは緊急の課題です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story