コラム

「サブプライム」の破綻を見抜いたジョン・ポールソンの成功からはどんな教訓が引き出せるのか?

2011年01月05日(水)12時52分

 新しい年がやって来ました。アメリカでは「これまでの騒動は何だったんだ?」と思わせるような楽観論が支配しています。年末に政治的合意を連発したオバマ大統領が、ハワイで悠々と休暇を楽しむ姿が報道されてももはや怒る人間はありません。景気の反転も、雇用情勢の好転についても誰も疑わなくなり、新年の取引初日となった3日の月曜日には株は勢い良く買われています。一方で、日本の各新聞では元旦から悲観的な社説が並んでおり、一部の新聞では「人々の孤立」について何とも暗いトーンの特集が連日掲載されているという具合で全くの別世界という趣です。

 ただ、冷静に考えて見ればアメリカの楽観論にも空虚なところがありますし、日本の悲観論にも行き過ぎと思考停止があるわけで、折角の年の初めには、そのどちらでもない「何か」を目指したくなるのが自然というものです。そうした発想にピッタリ来る本がありましたので、こちらをご紹介して2011年のスタートとしたいと思います。タイトルは『史上最大のボロ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか(グレゴリー・ザッカーマン著、山田美明訳)』(阪急コミュニケーションズ刊)で、アメリカでベストセラーになった "The Greatest Trade Ever" の完訳です。

 主人公のジョン・ポールソン氏については、サブプライム破綻当時の財務長官と苗字が同じこと、そしてサブプライムに関する「逆張り」で巨額の利益を挙げたことでアメリカでは一時期話題になった人物で、ゴールドマン・サックス社の取引に関わる疑惑で議会の公聴会に召喚された際にはメディアにも取り上げられています。ただ、「逆張り」で儲けたという批判が浴びせられたのはゴールドマンが主であって、このポールソン氏自身は「時代の寵児」という取り上げられ方からは逃れています。本書の原書である "The Greatest Trade Ever" は話題にはなりましたが、あくまで金融や経済記事に関心を寄せる層を読者にしただけで、良い意味で社会の表舞台に引きずりだされることなく現在に至っているように思います。そのこともポールソン氏の人柄を物語っているのでしょう。

 それにしても、アメリカの住宅バブルの崩壊を2004年の段階で確信し、そこから周到な準備を進めて行き、最終的にバブルが崩壊してベア・スターンズやリーマン・ブラザースが破綻した2008年には年間150億ドル(1兆2千億円)を稼ぎ出したというのは大変なストーリーです。ですが、本書の描き出す教訓はその「結果」の大きさではありません。大統領以下、財務長官、連銀議長、そして主要な金融機関のトップたちが全く気づかなかった「不動産バブルの崩壊」を正確に予測したこと、そしてその予測を元に極めて粘り強い投資を行っていったポールソン氏以下の数名の金融マンたちの「冷静さ」と「理論的な確信」はそれだけで感動を呼ぶ読み物になっています。

 もっとも読み応えのあるのは、市場が危険な兆候を示しているのに大破綻は起きないでいた2006年から2007年の状況で、読み物として手に汗握る緊張感があります。この時期にポールソン氏が非常に冷静にガマンの投資を続けたことが史上空前の利益に通じるわけで、何ともドラマチックというわけです。そうは言っても、私たちはこの「サブプライム破綻」を通じて、多くの金融機関が破綻しただけでなく、何百万という人が住宅ローンの焦げ付きで家を追われ、更には破綻の影響が欧州の金融危機へと連鎖したり、日本経済も未曽有の大不況に追い詰められるなど、世界を変えるような大問題となったことを知っています。そんな私たちには、偶然破綻を予測できただけであり、しかも一種の「逆張り」という手法で「破綻すれば儲かる」投資を行ったポールソン氏のことを手放しで英雄視するのは、直感的には難しいのも事実です。

 ですが、ポールソン氏の行動は決して間違っていたとは思いませんし、ポールソン氏に学ぶことで、むしろ本書からいくつかの教訓を汲み取るべきだと考えます。1つは、何と言っても「大勢に流されないで、理論的な確信を持ち続ける」ということが「乱世」においていかに大事かということです。その点では、この欄で以前にご紹介した高坂勝さんの『減速して生きる ダウンシフターズ』とは、一方が年収を600万円から350万円に減らす話で、一方が1兆円儲ける話ということで全くの正反対に見えますが、「自身の合理性を信じ、時間をかけて仕込んで成果を出す」という行き方を貫いた点では変わらないのだと思います。私はポールソン氏と高坂氏の「幸福度」には質的にも量的にも変わらないものがあるのではと考えます。

 もう1つは人間としての倫理の問題として「沈む船から逃げる」のは正当化されるかという問題です。確かに映画『タイタニック』が描いていたように「全員が沈むと分かっている」時点で「限りある救命ボート」を奪い合うのは倫理的とは言えません。ですが、自分以外の誰も沈むとは思っていないばかりか、自分が危機感を表明すると周囲から嘲笑を受けるだけという状況では、堂々と逃げることには何の問題もないのではないでしょうか?

 この「サブプライム」の崩壊や「タイタニック」の沈没は「気がついたときには手遅れ」というスピードで事態が進行したわけですが、例えば財政が悪化して国家が破綻に至るというような「もっとスローな危機」の場合は、「早めに気づいた人間が行動し始める」ことで比較的多くの人間を救うことも可能でしょうし、リスクを回避してプラスの成果を出した事例が良い形で周囲に改革を広めていくということもあるように思います。

 私個人としては年明けから考え始めているテーマなのですが、網羅的な正論を主張しても、それが「問題への敵視」となり「既得権者との善悪の戦い」になるようでは、改革としての成功率と言いますか、生産性は低いままではないのかという問題意識を持ち始めています。この「サブプライム」でもポールソン氏が「破綻を予測して規制強化を叫ぶ」作戦に出たとして果たして何かの救済なり破綻回避ができたかは疑問です。抽象的な正論を叫ぶのではなく、「逆張りをすることでのプラス」という「個別の成果」を出してそこから良い影響を広めてゆく、そうした改革のストラテジということのヒントもこの事例は教えてくれているように思うのです。いずれにしても、年のはじめに色々なことを考えさせられる読書になると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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