コラム

アムステルダムから50キロ、45年で再野生化した放棄干拓地がある

2016年10月24日(月)16時00分

大型肉食動物なしの生態系の問題

 たとえば、食料が不足すれば動物が死ぬのも自然の掟だが、大型草食動物の死亡率が年間で40%近くに達することもあるという。オーストファールテルスプラッセンには、すぐ脇を鉄道が走っている区域があり、冬や初春に通勤客がフェンスの向こうに衰弱死した大型動物を目にすることがある。そんな動物の映像がテレビでも流される。それゆえ動物福祉の先進国であるオランダでは、論争も起こり、冬を越せそうにない動物を射殺するようにという勧告が出されたこともある。そこには、人間がどこまで介入すべきなのかという問題がつきまとう。

 科学ジャーナリスト、ウィリアム・ソウルゼンバーグの『捕食者なき世界』によれば、リワイルディングというアイデアは、アメリカで1998年にマイケル・スーレとリード・ノスというふたりの生物学者が提唱したことに始まる。彼らが、国立公園に広く見られる欠陥のひとつとして挙げたのは、大型肉食動物の著しい欠如で、それが生態系を確実に摩滅させていると指摘した。そうした動物がいなければ、「公園はやがて草食動物のなすがままとなり、その生態系は崩壊してしまう」。そこで彼らは、姿を消したハイイログマ、オオカミ、ピューマ、ジャガー、イタチの一種のグズリなどの頂点捕食者を呼び戻そうと考えた。

 オーストファールテルスプラッセンの大型動物はいずれも草食だが、厳しい気候のせいでバランスを保っていると見ることもできる。もしこの地に頂点捕食者が存在していたら、彼らは違った野生の姿を見せるのかもしれない。ちなみに、フランス・ヴェラは将来的にオオカミの導入も考えているようだ。

 人間が自然にどこまで介入すべきなのかは非常に難しい問題だが、人類が頂点捕食者を駆逐し、生態系に深刻なダメージを与えてきたことを考えるなら、リワイルディングはこの先、避けて通ることができない重要なテーマになるに違いない。大都市近郊に誕生した"あたらしい野生の地"に迫るこのドキュメンタリーは、そんなリワイルディングの可能性につて考える糸口になる。

《参照/引用文献》
『捕食者なき世界』ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子訳(文藝春秋、2010年)
"RECALL OF THE WILD:The quest to engineer a world before humans." by Elizabeth Kolbert (The New Yorker, December 24&31, 2012 Issue)
"Amsterdam's wild side:A Dutch experiment recreates nature red in tooth and claw"(The Economist Sep 14th 2013)

○『あたらしい野生の地―リワイルディング』
(2013年/オランダ語/97分/カラー/シネスコ/オランダ)
監督:マルク・フェルケルク
公開:2016年10月29日渋谷アップリンク他、全国順次公開予定

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story