コラム

天安門事件から34年、中国化した香港に見る「パンとサーカス」の統治

2023年06月06日(火)19時15分

天安門事件追悼集会の代わりに開かれたイベント「家郷市集嘉年華(全国ふるさと祭り)」 Tadasu Nishitani for Newsweek Japan

<天安門事件から34年。新型コロナ禍から脱却した香港では、これまでビクトリア公園で行われていた大規模追悼集会の代わりに、「全国ふるさと祭り」が開かれていた。もちろん追悼集会封じのためだ>

天安門事件の発生から34年を迎えたタイミングで、香港を訪れた。コロナ前の2019年までは毎年10万人以上が集まる大規模な追悼集会が行われていたが、2020年に制定された香港国家安全維持法により、様相は一変した。

2020年以降、追悼集会は防疫を理由に禁止されていたが、今年はコロナ禍からほぼ脱却した。だが、これまで集会が開かれていた「ビクトリア公園」は親中派団体によって占拠され、追悼ムードはかき消されていた。

6月4日夜、公園入り口に向かうとイベント名を冠したカラフルなゲートが設置されており、荷物検査を行なっていた。「家郷市集嘉年華」なる今回のイベント名を訳すと、「全国ふるさと祭り」と言ったところだろう。入場料はわずか5香港ドル(約75円)だった。広々とした敷地は公園というより広場といった雰囲気で、約200ものテントが立ち並んでいた。

テントには「香港広東社団総会」、「香港山東社団総会」などの同郷会組織の看板が掲げられ、各地域の特産品などを販売していた。ピーナッツやビーフジャーキー、甘栗、ココナッツミルク、アメ細工などで、百貨店で開かれる物産展のような雰囲気だ。会場中央にはステージが設置され、歌や踊りが披露されていた。

会場内は香港の現地語である広東語と、中国大陸で広く使われる標準中国語がほぼ同じぐらいの分量で聞こえ、中国国旗も散見した。ステージ上では巨大な赤旗を振り回すダンスもあり、一瞬、中国大陸にいるような感覚になる。来場者の大半は中高年で、時折親子連れなども見かけた。若者の姿はほぼなく、年齢層の偏りが大きい。

ステージ上の男性歌手は、「私はあいにく広東語が話せないのですが、広東語の歌なら一曲歌えます。皆さん、手拍子をお願いします」と中国語で語り、アカペラで歌い始めた。観客も温かい拍手を送っていた。

賑やかな歌と踊り、美食、買い物――。追悼とは真逆のレジャーランドのようなムードが充満しているが、背景に「天安門事件の追悼集会を阻止する」という当局の強い意志が働いているのだと思うと、脳天気な空間が逆にシュールで空恐ろしいものに見えてくる。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

中国恒大集団の許家印会長、警察の監視下に=BBG

ビジネス

PwC豪州法人、グーグル以外の顧客にも税務機密情報

ビジネス

タイ中銀、予想外の利上げ 今年の経済成長予測を下方

ビジネス

中小賃上げ・国内先端投資促進減税制度を議論=新しい

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    「可愛すぎる」「飼いたくなった」飼い主を探して家中さまよう子ヤギ、その必死さにネット悶絶

  • 3

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被害──「大規模反攻への地ならし」と戦争研究所

  • 4

    ウクライナが手に入れた英「ストームシャドウ」ミサ…

  • 5

    西日本最大級のグルメイベント「全肉祭」 徳島県徳…

  • 6

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 7

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 8

    「中流階級」が50%以下になったアメリカ...縮小する…

  • 9

    ゼレンスキー、念願の最強戦車「エイブラムス」がウ…

  • 10

    中国高官がまた1人忽然と消えた...中国共産党内で何…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

  • 3

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...「スナイパー」がロシア兵を撃ち倒す瞬間とされる動画

  • 4

    常識破りのイーロン・マスク、テスラ「ギガキャスト」に…

  • 5

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 6

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 7

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 8

    J.クルーのサイトをダウンさせた...「メーガン妃ファ…

  • 9

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 10

    ロシアに裏切られたもう一つの旧ソ連国アルメニア、…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部隊がロシア軍の塹壕に突入

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 5

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 6

    サッカー女子W杯で大健闘のイングランドと、目に余る…

  • 7

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 8

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 9

    墜落したプリゴジンの航空機に搭乗...「客室乗務員」…

  • 10

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があっ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story