コラム

プーチンに逮捕状を出したICCとは? 発足の経緯や成果、権限など5つの基礎知識をおさらい

2023年03月20日(月)16時10分

しかし、バシールの場合、逮捕状が発行された後の2015年6月、国際会議に出席するため南アフリカを訪問した際、逮捕されることなく無事にスーダンに帰国した。

南アフリカはICC締約国だが、「他の地域でも人道危機はあるのにICCの起訴対象がアフリカに集中していて差別的」というアフリカ内部の不満を背景に、バシールを逮捕しなかったのだ。南アフリカ政府は翌2016年10月、ICC脱退を宣言した。

この他、バシールはやはり2015年10月にインドを訪問したが、インドはICC締約国でないため、やはり逮捕されなかった。

国内の場合と異なり、ICCによる逮捕状発行は即逮捕・起訴を意味しないのだ。

5.プーチンが裁かれる見込みは薄い

今回、プーチンに逮捕状が発行された嫌疑は「子どもを不当にウクライナからロシアへ移住させた」ことだった。ロシア軍が占領するマリウポリなどから連れ出された子どもは、ロシア政府関係者の手元にひき取られ、「ロシアを愛するように」教育されているといわれる。

その責任者とみられるマリア・リボワ=ベロワ子どもの権利担当補佐官もプーチンとともにICCから逮捕状を発行された。

極めて限定的な罪状だが、ICCの捜査の着手から逮捕状発行までに数年かかることも珍しくないため、今回の手続きはかなりスピーディといえる。

しかし、少なくとも現段階でプーチンらが逮捕される見込みは薄い。

ロンドン大学の国際法学者ビル・ボーリング教授は「ICCの逮捕状発行でロシアの国際的求心力は低下する」と強調し、ジェノサイドなどその他の罪状に関しても、追加の容疑で逮捕状が発行される可能性があると示唆しているが、それでも逮捕の実現には悲観的だ。

バシールの場合にそうだったように、プーチンが国外に出ても相手国で逮捕されるとは限らない。

今年8月、プーチンはBRICS首脳会議に出席するため南アフリカを訪問する予定である。先述のように、南アフリカは2016年にICC脱退を宣言したが、その後脱退手続きは進んでおらず、現在も締約国のままだ。とはいえ、南アフリカは2月にロシアと合同軍事演習を行うなど、西側と距離を置いており、プーチン逮捕も想定しにくい。

「ロシアで政権が転覆すれば可能性はある」という意見もある。とはいえ、これも確実とはいえない。

バシールの場合、経済停滞をきっかけとする抗議活動で2019年に失脚した後、スーダン国内で逮捕された。その後、暫定政権はバシールをICCに移送すると決定したが、いまだに実現していない。

失脚したとはいえ、今も民兵を中心に支持者の多いバシールを引き渡すことの政治的リスクが高いためとみられる。

同様に、ロシアで仮に反プーチン派が勢いを増したとしても、情報機関などに根を張ったプーチン支持者の恨みを買ってでもプーチンをICCに引き渡す政治家が現れるかは疑わしい。

そのため、ICCの逮捕状発行に実効性を期待することは難しい。むしろ、この逮捕状発行はウクライナをめぐる国際的な対立の一つの通過点とみた方がよいだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む

ビジネス

SOMPO、農業総合研究所にTOB 1株767円で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 9
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story