コラム

プーチンに逮捕状を出したICCとは? 発足の経緯や成果、権限など5つの基礎知識をおさらい

2023年03月20日(月)16時10分

また、アフリカの締約国は33カ国と一見多いが、大陸全体でみれば約6割にとどまる。

このように途上国の警戒を招きやすいICCだが、それ以外にも非協力的な国はある。その典型例がアメリカだ。

アメリカはローマ規定に署名したものの、後にこれを撤回した。「海外に派遣したアメリカ軍兵士が『政治的な理由で』訴追される恐れがある」というのが理由で、自国の安全保障政策を優先させる方針は現在のバイデン政権でも基本的に同じである。

同様にロシアもICC締約国ではない。また、ロシアの影響が強い旧ソ連圏にも非締約国は目立ち、ウクライナも締約国ではない。

3.人道危機の「歯止め」としての役割

それでは、ICCはどんな成果をあげてきたのか。

ICCがこれまでジェノサイドや人道に対する罪などで起訴にたどり着いた事案は31、裁判にかけられた被告は51人にのぼる。起訴の前段階、予備審査中の事案は5つある。

その多くはアフリカでのものだ。

なかでもこれまでのICCの活動で最も注目されたのは、北東アフリカ、スーダンのバシール元大統領に2009年、人道に対する罪、戦争犯罪の容疑で逮捕状を相次いで発行したことだった(2010年にジェノサイド罪の容疑を追加)。

スーダンでは2003年頃に西部ダルフール地方でアラブ系民兵がアフリカ系住民を襲撃し、20万人以上が殺害された。バシールがこれを指示し、武器などを提供していたという疑惑が深まったのだ。

ダルフールに限らず、戦地などで証拠や証人を集めるのが困難な場合も珍しくない。そのため、ICC発足以来の世界で発生してきた紛争の多さに照らせば、実際に裁きの場にかけられた事案の件数は決して多くない。

それでもICCには、ジェノサイドや戦争犯罪が「裁かれることがある」という歯止めになった点に意義があるといえる。

ダルフールに関していえば、国家元首といえども裁かれることがあるという前例になった。

4.実効性には限界も

その一方で、ICCには実効性に限界がある。逮捕状が発行されても、逮捕が実行されないことも珍しくないからだ。

ICCには「補完性の原則」がある。つまり、人道危機の責任の追及・処罰は本来、その国自身が行なうべきもので、その国に意思や能力がない場合にICCの出番がある、という意味だ。

そのため、ICCの逮捕状が発行された被疑者のいる国は、そもそも人道危機の責任者を処罰する意思や能力に欠ける場合が多い。その場合、起訴が決まっても、独自の警察組織をもたないICCが被疑者を強制的に逮捕することはほぼ不可能だ。

実際、ICCが国際的に広く知られるきっかけになったバシールとダルフール紛争の事案では、バシールがスーダンの実権を握る限り、スーダン国内での逮捕は全く非現実的な話だった。

これに加えて、ICC締約国が実際に被疑者の逮捕に協力するとは限らない。

逮捕状が発行された被疑者が入国した場合、ICC締約国はこれを逮捕し、ハーグに移送する義務を負う。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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