コラム

アリババ帝国は中国をどう変えるのか?

2017年05月10日(水)15時18分

それだけではない。インターネット支払いサービスの広がりは、中国の金融業を大きく揺さぶっている。支付宝を利用してネット上で買い物をしようとする人は、あらかじめ自分の口座に十分な金額を銀行預金から振り込んでおかなければならない。口座のなかでただお金を寝かせておくのはもったいないだろうと、支付宝は2013年6月に口座の残高をMMFに投資できる「余額宝」というサービスを始めた。

1元から投資でき、年利3%以上の利子がつき、いつでも解約できるという利便性から、人々は銀行で普通預金として寝かせておくよりは有利だと考えて、銀行から余額宝へかなりの資金を移した。余額宝は今年3月末時点で1兆1400億元と、中堅銀行を上回る資金規模となっている。

アリババの事業は電子商取引、金融以外にもオンラインのコンテンツ配信事業、運送業、食事配達業、スマホのOSなど多方面にわたっている。そうした事業展開については、馬雲とアリババの歩みを年表にまとめて筆者のブログに掲載したのでそちらを参考していただくとして、最後にアリババの事業展開が中国の社会に持つ意味について考えたい。

アリババは馬雲らが創業した民間企業であり、ソフトバンクが筆頭株主である外資系企業でもあるが、今や最大手の国有企業を上回る資金力を持っている。その主な事業は電子商取引のプラットフォーム、インターネットを通じた資金授受のプラットフォームを提供することであり、いわばインターネット時代のインフラを提供する仕事だと言える。

国有化の圧力も?

ただ、そう解釈してしまうと、「重要なインフラは国有部門が担う」とする中国政府の方針との齟齬が生じうる。これまでのところ、「重要なインフラ」として実際に国有部門が支配しているのは鉄道、航空、通信、放送、銀行といった20世紀的なインフラだが、今後、共産党と政府が、いわば21世紀のインフラを切り拓きつつあるBATにプレッシャーをかけてくる可能性は十分にある。いや、BATはすでに暗黙のプレッシャーを感じているはずである。

しかし、人々がアリババに期待しているのは、まさに経済と社会を変革する改革力である。多方面に展開したアリババ帝国がやっていることを一文にまとめるとすれば、「インターネットを利用して商流、物流、資金流、情報流の新たなルートを切り開く事業」と言える。これが成功した暁には、既存のパイプを握る国有企業たちは取り残される。この革命に期待する人々も多いだろうが、旧勢力の抵抗も強いはずである。

参考文献:
張燕編著『馬雲全伝』成都:四川人民出版社、2015年。
Alibaba Group 2016 Annual Report
Winston Ma, China's Mobile Economy: Opportunities in the Largest and Fastest Information Consumption Boom. Chichester, West Sussex: John Wiley and Sons, 2017.

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スペイン首相が辞任の可能性示唆、妻の汚職疑惑巡り裁

ビジネス

米国株式市場=まちまち、好業績に期待 利回り上昇は

ビジネス

フォード、第2四半期利益が予想上回る ハイブリッド

ビジネス

NY外為市場=ドル一時155円台前半、介入の兆候を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story