コラム

安倍トランプ蜜月の先にある中東の3つの課題

2017年02月17日(金)11時48分

思い起こすのは、イラク戦争の時に日本は開戦を支持し、さらに自衛隊をイラクに派遣したことだ。開戦とイラク派遣にはドイツとフランスが反対するなど国際社会が割れている問題で、当時の小泉首相が戦争支持と派兵へと踏み込んだ背景には、ブッシュ大統領との首脳会談を通じての個人的に親密な関係があったと考えられている。

イラク戦争後とは異なる状況が待っている

米軍が地上部隊を出して、空と陸から攻めれば、ラッカからISを軍事的に排除することは可能だろう。しかし、イラク戦争の戦後と同様にIS残党やスンニ派部族による米軍への攻撃はやむことはないだろう。そこへ日本が自衛隊を派遣するとすれば、次のような理由でイラク戦争後とは全く異なる状況となる。

第1の理由は、トランプ氏は「政権転覆や国家建設はしない」と明言していることである。イラク戦争後のようにラッカ陥落後、米戦闘部隊が長期間、現地にとどまって「対テロ戦争」を継続しつつ、治安維持や復興を主導することはないだろう。

第2の理由としては、イラク戦争後の自衛隊派遣には、派遣先は「非戦闘地域」でなければならないという縛りがあったが、2015年の安保法制によって「現に戦闘行為が行われている現場」でさえなければ、自衛隊は派遣され、支援活動を行うことになる。

さらに南スーダンへの自衛隊のPKO派遣の例を見れば、実際に激しい戦闘が起こっても、政府が「法的な意味での戦闘ではない」として撤退すべきかどうかという議論を封じる可能性もある。

仮定の話ではあるが、自衛隊が米軍の対IS戦争後にシリアPKOに派遣されれば、イラク派遣とは比べものにならない危険にさらされることになるだろう。トランプ政権がシリアのIS掃討作戦に地上部隊を派遣することになれば、日本はそこまで想定して、覚悟しておかねばならないことになる。

トランプ大統領がシリアへの地上軍派遣を決断しても、オバマ大統領の呼びかけに応じて有志連合に参加している欧州の多くの国々は、シリアに地上部隊を送ることに二の足を踏むだろう。イラク戦争後の駐留の悲惨な教訓がある上に、トランプ氏への不信感も出てくるだろう。

その時、トランプ大統領から同盟国としての貢献と役割を求められたら、安倍首相には「ノー」と答える選択肢はあるだろうか。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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