コラム

感染拡大のリスクを冒してまで東京五輪を開催する価値はあるのか?

2020年12月03日(木)17時40分

11月17日に訪日したIOCのバッハ会長は開催に意欲を見せたが BEHROUZ MEHRI-POOL-REUTERS

<五輪開催の安全性の判断は困難。明らかな感染リスクを考慮せず、回収不能なサンクコスト(埋没費用)ばかりに目を向けてはいないか>

ちょうど今、イギリスはクリスマスについての議論が真っ盛りだ。新型コロナウイルスのリスクにもかかわらず家族が集まることは許されるべきなのか? 一方では、クリスマスはとても愛され、大切にされている伝統だ。他方では、クリスマスが感染拡大の原因となり、人命を犠牲にし、数カ月もの長いロックダウン(都市封鎖)で払った代償を全て無駄にする可能性もある。

「ほんの数日の祝祭のために、今後数カ月に及ぶウイルスの危険を冒す価値はないだろう......」と言う人もいる。でも、「ほかはともあれクリスマスだけは諦めるべきではないのでは...」と言う人だっている。
 
日本でも似たような議論が起きているだろうか──東京オリンピックを進めるべきかどうかについてだ。賛成派・反対派の双方に強い主張がある。五輪は困難な日々のなかの気晴らしとして歓迎されるだろう。でも、世界中から訪れる人々を世界有数の人口過密都市に集結させることには、明らかなリスクが付きまとう。

新型コロナはある地域では沈静化したり他の地域では再燃したりするかもしれない。夏が来れば西ヨーロッパはコロナを抑え込めているかもしれないが、南米はまだ苦戦しているかもしれないし、その逆の可能性もある。地球上のあらゆる国からの観客を、あるいは大人数の選手団やスタッフやメディア関係者「だけ」を、どうしたら安全に集団で移動させられるのかは、なかなかの難題だ。

今のところ、日本は概してコロナ危機の最悪の事態は免れている。人々はイギリスにいる僕たちより正常な生活を続けているし、イギリスの僕たちは、ロックダウン規制がもっと厳しい、いうなればイタリアの人々ほどには深刻な影響を受けていない。イタリアとイギリスの人口は合計するとほぼ日本に匹敵するが、コロナの死亡率は日本の50倍以上だ。

この現実が「リスクの許容範囲」の認識にまさに影響している。五輪が中止になれば「がっかり」するイギリス人が何百万人もいるかもしれないが、再度のロックダウンになればそれこそ「打ちのめされる」だろう。

早めに損切りしたほうが

東京五輪に懸けてきた関係者たちが、これまでの途方もない尽力を考えて開催に突き進みたいのも理解できる。でもこれは、現状の問題を考慮せずに、回収不能なサンクコスト(埋没費用)ばかりに目を向けているのではないかと、僕はいぶかしんでしまう。

結果的に、もし五輪が行われないのなら、それを受け入れて早めに損切りするほうがいい。それから、どんな大金と労力をかけていようと、それはパンデミック(世界的大流行)が長期化するかもしれない危険を冒す価値があるのだろうか? イギリス経済は今年、11%ほど縮小する見込みで、計り知れない大惨事になっている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英軍個人情報に不正アクセス、スナク氏「悪意ある人物

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「ハイヒールが効率的な歩行に役立つ」という最新研究

  • 8

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 9

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story