コラム

イギリス人から見たトランプ特別治療の「上級国民度」

2020年10月14日(水)16時30分

コロナ治療のため米軍医療センターにヘリで到着したトランプ(10月2日) Joshua Roberts-REUTERS

<多くのアメリカ人が必要な医療を受けられないなか、救急ヘリで移送され特別待遇の治療を施されたトランプは、コロナで一時重症化のジョンソン首相を含めて全ての国民が同じ医療を受けるイギリス人の目には奇異に映った>

ヘリコプターを所有している人なら、それを使いたくなるのも無理はない。でもイギリス人には、トランプ米大統領が10月2日にヘリコプターで病院に移送されたとのニュースは、伝えられているように「慎重に慎重を期す」というよりはむしろ、彼は重症に違いないという印象を与えた。

イギリスでは、救急ヘリは距離の離れた専門病院に移送する必要があったり、山間部やアクセス困難な場所から運ぶ必要がある重い外傷を負った患者のために利用されるものだ(参考までに、英ウィリアム王子はこうした救急ヘリのパイロットを務めていた)。

調べると、ウォルター・リード米軍医療センターはホワイトハウスから車で30分で、それも大統領専用車の緊急車列ではなく通常の車の場合での所要時間だ。だから、ヘリコプターは全く不要じゃないかと僕には感じられたが、それを言うなら米大統領の新型コロナウイルス治療をめぐる全てが僕にとっては驚きだ。例を挙げれば、トランプがホワイトハウスや隣接施設で24時間対応可能な20人以上の医療スタッフ(医師6人を含む)を抱えていることなど僕は知らなかった。エアフォースワン(大統領専用機)の中に手術台を備えた手術室があるということを聞いて僕は驚愕した。路上で大統領に輸血が必要になる事態に備えて、大統領専用車には約1リットルの血液が常備されているという話も聞いた。

僕はこれを、トランプよりはるかに深刻とみられる病状に陥ったボリス・ジョンソン英首相のケースと比べてみた。ジョンソンはダウニング街10番地(首相官邸)で自主隔離した。そこは適度な広さの住宅で、立地は最高、地球上で最も特権的な住居ではあるが、結局のところは首相が働き、居住もするテラスハウス(低層集合住宅)だ。対するホワイトハウスは宮殿で、だからこそ中に籠るにはかなり好都合である。

労働者階級と同じ治療を受けたジョンソン

ジョンソンの症状が悪化したとき、彼は普通の救急車で近場の国民保健サービス(NHS)の病院に搬送された。ウェストミンスター橋そばのセント・トーマス病院だ(コロナ禍と重なるような雰囲気のあった啓示的な映画『28日後...』の冒頭で登場する病院でもある)。ジョンソンはNHSの医師や看護師の治療を受けた。肝心な点は、言うなればジョンソンが、エレファント&キャッスル駅周辺地区(数マイルの近隣にある労働者階級の居住地区)の住民が受けるのと同じような治療を受けたことだ。

はっきり言うと、トランプはジョンソンより特別待遇の治療を受けた。米大統領はアメリカのトップであり、対するわがイギリスの元首はエリザベス女王で、彼女は宮殿に住み専属の医療スタッフも抱えているというのは確かだ。だからその意味では、トランプとジョンソンを厳密に比較することはできない。

また、米大統領は英首相より暗殺のリスクが高く、より高度な配慮があって当たり前だという見方もできるかもしれない。歴代米大統領44人中4人が暗殺され、レーガンは銃撃されて生き延びた。とはいえ、英首相だったサッチャー(1984年)とメージャー(1991年)もIRA(アイルランド共和軍)の暗殺計画をすんでのところで逃れた。だから、米大統領のほうがずっと危険性が高いかどうかは、僕には分からない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英ユダヤ教会堂襲撃で2人死亡、容疑者はシリア系英国

ビジネス

世界インフレ動向はまちまち、関税の影響にばらつき=

ビジネス

FRB、入手可能な情報に基づき政策を判断=シカゴ連

ビジネス

米国株式市場=主要3指数最高値、ハイテク株が高い 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story