コラム

「学費無料なんか不可能」と若者に説教するイギリスの老害

2017年07月28日(金)15時10分

国民年金のように、政府が必要に応じて改訂する場合だってある(例えば、年金を満額もらうのに以前は国民保険料を30年間納め続ければよかったが、今は35年間支払わなければならなくなった)。

学生ローンの場合、大学卒業後に年間所得が2万1000ポンドに達すると返済をスタートすることになる。この返済開始金額はインフレと共に引き上げられるとみられていたが、ここ何年も据え置かれたまま。過去にさかのぼっての改訂だ。今後どんな手直しが行われるのか分からず、ひょっとすると大幅に不利な条件で改訂される可能性だってある。

未来の政治家が、「苦渋の決断だが正しい判断だ。わが国の大学を今後も発展させ、イギリスの教育制度の未来を守るためには必要だ......」と言って、債務帳消しの年数をさらに5年先延ばしに改訂しよう、などとする姿は容易に想像できる。

ネットを見ると高齢者たちが、「若者はカネがないと言うわりにみんなiPhoneを所有し、休暇になると外国旅行をしているが、私が学生の頃はベイクドビーンズやトーストで生活していたものだ」などと意見しているのをよく目にする。

確かにそのとおり、学生ローンのせいで、若者たちは若いうちから「消費者」という立場に慣れっこになっているところはあると思う(これこそ、学生ローンが忌み嫌われるもう1つの理由なのかもしれない)。でも高齢者のほうだって、この深刻な問題に罪悪感を抱かずに済むよう、現実に目をつぶり、物事をとんでもなく単純化しすぎている。

【参考記事】光熱費、電車賃、預金......ぼったくりイギリスの実態

イングランドの学生たちは、スコットランドの学生たちが学費を払っていないことを知っている......そして、自分たちより上の世代、つまり、学生ローンの制度を立案した国会議員や大学の上層部(教育「産業」の拡大で甘い汁を吸ってきた人々だ)も、かつて学費を免除されていたことをよく分かっている。こうした現状で、学費無料化なんて不可能だと説く人々の声に、学生たちが耳を傾けようとするはずがない。

最後に、学生たちは今、労働党が与党になる日は近づいていると確信していて、労働党政権なら学生ローンの負債を軽減するか帳消しにしてくれるかもしれないと考えている。明らかに、若者たちの心の声には大きな「*」のただし書きが付く(「*近いうちに借金の一部もしくは全額が消え去るかもしれない」)。

だとしたら、若者たちは今のうちにできるだけたくさん借金してやろうという気にならないだろうか、と僕は考えずにいられない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ4月石油輸出、9カ月ぶり低水準 シェブロ

ワールド

米国の対中貿易制限リストに間違い散見、人員不足で確

ワールド

ケネディ米厚生長官、ワクチン巡り誤解招く発言繰り返

ビジネス

欧州不動産販売、第1四半期11%減 トランプ関税影
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story