コラム

誰が「ドル売り介入」最大のチャンスを阻むのか

2015年06月22日(月)11時40分

 第二に、グローバル経済をデフレに陥れている要因がこの円安だとの指摘です。安い日本の製品がグローバル市場を席巻する結果、競合相手は値段の引き上げをすることができない。そこに商品市況などの下落が相まって世界の消費者物価指数を引き下げている――日本は自国のデフレを放置したままだけでなく、世界にまでデフレを輸出するつもりなのか?というわけです。デフレの輸出国としては欧州も日本と並列して取り上げられています。

 円安・円高それぞれメリット・デメリットは存在します。日本の実体経済全体へ円安がメリットとなる最もシンプルな例として、日本の輸出大企業が下請け、孫請けなど国内取引の受注を増加させる、その際の買い取り価格を引き上げるとなれば円安による輸出大企業の収益増は広く国内に還元されるでしょう。あるいは国内の雇用者への報酬が増える、雇用が増加する、などを通じて日本全体に浸透していくのはわかります。

 しかし、今や上場している製造業の約7割が海外に生産拠点を移した状況で、果たして円安のメリットは国内に浸透しうるのか。上から下へと富が滴り落ちるトリクルダウンが構造的に発生しにくい中、国内では企業も消費者も円安による輸入価格の高騰の煽りだけを食う、むしろ円安のデメリットが大きかろうとの論調も随分と散見されるようになりました。

 今のところ日本企業による現地の外貨建て販売価格はさほど引き下げられてはいません。しかし、円安基調が続き他国企業が販売価格の引き上げをせざるを得ない時に日本製品が据え置きのままであれば、対外的にデフレを拡散させ世界中を敵に回すのか?とのイメージが先行するはず。そして、国内的にみても日本全国津々浦々、国民の多くに円安メリットが行き渡りにくい現状を良しとするのか。以前のコラムで紹介した、米財務省のドル高・円安への見解を受けてのことか、内閣官房参与の浜田宏一・米エール大名誉教授にしても、そして今回の黒田日銀総裁にしても、国内外の情勢を鑑みればこれまで円安を容認してきた要人、政府関係者も流石にトーンダウンせざるを得ない状況なのではないでしょうか。

 さて、円安が問題として、どう対応すべきなのか。ここは日本政府としてドル売り・円買いの為替介入をする絶好の機会が来たとむしろ利用するのが得策でしょう。相場取引というのは売ったものは買い戻す、あるいは買ったものは売り戻して初めて全てが完結となります。過去円高が進んだ際に買いこんだ外貨のほとんどは米ドルであり、我が国の外貨準備高として管理されています。今や150兆円を超える(平成27年5月末時点の外貨準備高1兆2457億5500万ドル×5月末のドル円為替レート124円)水準となった外貨を買いっぱなしにしておく理由はありません。

 為替介入額の公表は1991年4月からのため、それ以降の米ドルでの介入額を元にした大まかな計算では、これまでの米ドルの平均購入レートはおよそ1ドル100円。今、保有する米ドルを売れば20円以上の収益となるわけです。利益を確定し実現益として懐に入れなければいくら含み益があるとしても、それは砂上の楼閣に過ぎません。そして、これまで為替介入で投下された円の総額は約76兆円。極端な話、現在の150兆円まで膨らんだ外貨準備高の半分を売って、投下した元々の円貨相当に外貨準備高を減らしても何ら問題はないでしょう。理想的な値段で大量に米ドルを売るつもりならある程度の時間が必要で、市場の米ドル買いの意欲が強く継続しているステージでないとできません。

 為替介入の話をするとその効果を疑問視する声も出てきますが、1ドル120円以上でのドル売り介入は相場を反転させることよりも、外貨の利益を確定することが主たる目的なので効果云々の話はこの際別とします。仮に介入によって円高となれば国際世論の反発も抑えられ、国内経済も助かる、円安のメリットを凌駕する円高のメリットが出て来るのであれば願ったり叶ったりでしょう。なお、インバウンドの流れが止まるとの懸念もあるでしょうが、日本の8倍もの外国人観光客が訪れるフランスでは、その数は90年代からこれまで5千万人台から8千万人台へと上昇しています。この間、1ユーロは対米ドルで0.8台から1.6台へとほぼ倍に変動したこともありましたが、外国人観光客数では毎年世界1位の座を確保しています。海外人観光客を惹きつけるのは為替レートとは別の要素が大きいと考えるべきでしょう。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

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