コラム

伝えられないサウジ、湾岸、イランの新型コロナ拡大

2020年03月30日(月)18時30分

サウジアラビアの首都リヤドでマスク姿の男性(3月25日) Ahmed Yosri-REUTERS

<日本ではあまり知られていないが、多数の感染者・死者が出ているイランから中東各国に新型コロナウイルスの感染が広がっている。サウジアラビアにとって大きな問題は「巡礼」だ>

新型コロナウイルス感染拡大で、中東は、発生源である中国、そしてヨーロッパへの拡大の発端となったイタリアと同様、きわめて重要な位置を占めている。

中東で最初に感染者が確認されたのは1月29日、アラブ首長国連邦(UAE)においてだが、感染者はUAEを訪問した中国人家族であった。

UAEには、ドラゴン・マートという中国製品専門の巨大ショッピングモールが複数存在し、中国人も居住者、旅行者問わず、きわめて多い。その意味でUAEにおいて中国を媒介に感染者が出るのは十分に予想されたことであった。

しかし、その後の中東、湾岸地域での感染拡大は若干、様相を異にしている。とくに湾岸諸国では現在、急速に感染者数が増えているのだが、その大半は中国ではなく、イランからの帰国者であった。

イランで公式に最初の感染者が確認されたのは2月19日、UAEでの発見よりも遅かったのだが、そこからの感染者増加は驚くべきもので、3月2日には1500人を超え、現時点(日本時間3月28日17時現在)で感染者数は32332人、死者数も2378人に達している。

欧米での感染が爆発的に増えるまえまでは、中国につぐ感染者数をイタリアと争っていた(なお、数字的にはすでにイランの感染者数は十分大きいが、それでも当局が意図的に低い数字を出しているとの疑惑は強い)。

制裁下に置かれていたイランと積極的に商売をしていた中国

イランで最初期に発見された感染者のなかにイランと中国のあいだで頻繁に往来を繰り返していた商人がいたと報じられたことから、イランの新型コロナウイルスの起源は中国だとされた。

また、サウジアラビア系のアラビーヤ放送は、イランの通信社の報道を引用するかたちで、イランのアリー・レザー・ライーシー副保健相が、テヘラン南方の聖地ゴムにおける新型コロナウイルス感染拡大の原因が神学校(ホウゼ)の中国人労働者や学生だとみなしていると報じた。ゴムに中国人の神学生や労働者がいたことも驚きだが、わたし自身、イラン側のオリジナル記事を確認していないので、現段階では疑問符をつけておこう。

イランは、米トランプ政権による「最大限の圧力」を含め、さまざまな制裁下に置かれており、日本等西側諸国は、イランとの商売がほとんどできない状態にある。米国の圧力をものともせず、イランと積極的に商売をしていたのが中国であり、中国を感染源とする見かたはわかりやすい。

しかし、その後のイラン国内における感染拡大のスピードと周辺諸国への感染の伝播は尋常ではない。

とくに感染防止の最前線に立っていたイーラジュ・ハリールチー副保健相(彼自身、医師でもある)が新型コロナウイルスに感染してしまったのは象徴的な事件であった。

また女性・家族問題担当のマァスーメ・エブテカール副大統領やヴェラーヤティー元外相、モジュタバー・ゾンヌールら著名な政治家、国会議員の感染も明らかになっており、さらに公益判別評議会のモハンマド・ミールモハンマドディー議員、ハーディー・ホスロウシャーヒー元駐バチカン大使、ホセイン・シェイホルエスラーム元駐シリア大使(ザリーフ外相顧問)など有名人の死者まで出している。

感染者や死者のなかには、ハーメネイー最高指導者の親族や現政権に近い要人もいる。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story