コラム

「報道が目を光らせなければ、国家は国民を虐げる」──映画『コレクティブ 国家の嘘』の教訓

2021年09月28日(火)14時02分

映画の後半は、このヴォイクレスク大臣が主人公となる。彼はまず、ルーマニアの医療問題を調査する。製薬会社との癒着は氷山の一角にすぎなかった。行政、病院、学会、あらゆるところに腐敗が蔓延しており、ヴォクレスクは絶句してしまう。問題が本当に深刻なとき、真面目に問題解決を図ろうとする者は途方に暮れるしかない、という状況はよくあるが、彼もそうした状況に陥ってしまう。

ヴォクレスクには、大臣の権力をフルに使って、あらゆる決定を独裁的に行うという選択肢もあったかもしれない。しかし良くも悪くも、彼の善良さがそれを許さない。彼は手続き的正義に固執する。そのやり方は、これまで問題を追求してきたジャーナリストたちからみれば優柔不断に受け止められ、鋭く批判されることもある。

それでも、医師カメリア・ロイウなどの内部告発を受けて、ヴォクレスクは改革を進めようとする。しかしここで彼は、社会民主党の政治家や医者など利権と汚職で甘い汁を吸ってきたものたちの妨害にあってしまう。

ヴォクレスクの試みがどうなるか。結末は歴史的事実なので言ってしまってよいだろう。チョロシュ政権は選挙で敗れ、引き続き社会民主党が勝利する。再び利権と汚職に充ちた内閣の誕生を許してしまったのだ。ヴォイクレスクは、仕事をやり残したまま閣僚を辞任することになる。

腐敗政治を打破することの難しさ

映画パンフレットによれば、ルーマニアの医療界はまだまだ問題だらけであり、ヴォイクレスクの改革は道半ばに終わってしまったようだ。映画の教訓ははっきりしている。どんなに政治や業界が腐りきっており、一部の善良な者の力のよってその腐敗が暴かれ、また改革を試みる者が立ち上がっても、有権者がそのチャンスを無駄にして、腐敗した政権を選び続けるなら、何も変わらないのだ。選挙結果が明らかになった瞬間、ヴォイクレスクの父親は吐き捨てるように彼に伝える。「ルーマニアは、あと30年は変わることはないだろう」。

それでも、腐敗は追及しなければならない。報道の役割は重要だろう。ジャーナリストのカタリン・トロンタンは言う。「報道が目を光らせなければ、国家は国民を虐げる」。しかし権力は、報道をも支配しようとする。一度は腐敗した政権を転覆できたルーマニア市民が、選挙で再び腐敗政党を勝たせてしまったのはなぜか。

メディアと政治の問題は、この映画の中で具体的に追及されているわけではない。しかしこの映画の主題のひとつが、ジャーナリズムの使命であることも確かだろう。病院で患者がひどい扱いを受けていることをスクープする記者。一方で、病院の公式声明を鵜呑みにして保健相を追及する記者。様々な記者の在り方が描かれている。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、カタール首相と会談へ ガザ停戦巡り=ア

ワールド

米ウェイモ、ロボタクシー走行距離1億マイル達成 半

ワールド

中国、自然災害で上半期76億ドル損失 被災者230

ワールド

米国連大使候補ウォルツ氏、指名公聴会で対中強硬姿勢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 5
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 6
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 9
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 10
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story