コラム

カタールW杯なんて正気じゃない
(負け惜しみじゃなく!)

2010年12月03日(金)18時04分

2022年大会の開催地決定に沸き立つカタールのサッカーファン

歓喜の瞬間 2022年大会の開催地決定に沸き立つカタールのサッカーファン Khaled Abdullah-Reuters

cleardot.gif
 FIFAワールドカップの2018年と2022年の開催国が、それぞれロシアとカタールに決まった。世界のスポーツ界、サッカー界にとっては驚くべき結果だった。

 なぜロシアとカタールなのか。
 
 正直、ロシアはある意味理解できる。投票前から、ロシアとイングランドの2択と見られていた(実際には、過半数を得る国が出るまで最下位の国を除いて投票を続ける制度の下、イングランドが1回目の投票で落選したのは衝撃的だった。FIFAの理事独特の思考回路が示されたかたちだ)。

 ロシアはまだ「サッカー途上国」といえるだろう。国内リーグのレベルは、スペインのリーガ・エスパニョーラやイタリアのセリエA、イングランドのプレミアリーグには遠く及ばない。だがヨーロッパの中で中間レベルにあることは間違いない。

 さらにロシアではサッカー人気が高まりつつあり、大きな利益をもたらすサッカー市場が形成される潜在力もある。設備面でも、新設されたスタジアムや増設の候補地となりそうな場所が十分にある点は、誘致活動中からFIFAの目を引いていた。イングランドをはじめ落選した国々にとっては悲痛な結果だが、ロシアにはホスト国として大会を成功に導く力がある。

 2022年の決定はもっと不可解だった。確かにカタールの提案には魅力的な点もあった。「中東初の開催」という謳い文句はプラスに働いたし、招致活動の中身も素晴らしかった。9カ所のスタジアムを新設して3カ所を改修、大会後にはこれらを途上国に譲渡すると約束。環境に配慮した大会にするとも誓った。

■練習はどこでするんだ

 しかし、カタールにはFIFAの視察団による評価レポートで「高リスク」と判定された要因があった(ちなみに解せないのは、イングランドの招致活動は最高評価を受けていたのに、選ばれなかったこと。理事たちの収賄疑惑も数カ月前から渦巻いていた)。

 FIFAにとってカタールの開催計画には、大きな懸念が2つあった。カタールは新設されるスタジアムには最新の空調設備を配し、プレーに適した環境を作ると主張していた。だが練習場所はどうするつもりなのか。12のスタジアムだけではまったく足りない。国全体をエアコン付きのドームで覆いでもしない限り、気温37度を上回る酷暑の中で大会を行うのは難しいだろう。

 さらに開催地を争った国々に比べて、カタールには外国人が楽しめる娯楽が少ない。これでは多くのサッカーファンが現地観戦を見合わせるかもしれない。W杯の究極の目的は、世界中の人々がさまざまな違いを乗り越えて一体となり、共にサッカーを楽しむというもの。空っぽのスタジアムでは、そんな目的も果たせないだろう。

 熱烈なアメリカ人サッカーファンである私としては、2022年は是非ともアメリカで開催してほしかった。アメリカが選ばれなかったからといって私のサッカー熱が冷めることはないが、国内の「にわか」ファンの場合は分からない。

 94年のアメリカ大会以降、サッカー人気は急上昇している。今年の南アフリカ大会でも最もチケットが売れたのはホスト国以外ではアメリカだった。施設面でも、アメリカにはスタジアムが十分あり、開催地として申し分ない。国内リーグの歴史も15年になる。代表チームも近年は国際大会でそこそこの成績を収めるようになり、FIFAランキングだって現在24位だ。

■アメリカの巨大サッカー市場を見逃した

 一方のカタールはFIFAランキング113位の国。サッカーの歴史も伝統もないし、W杯の出場経験もない。2010年W杯アジア地区予選でも、最終予選でグループ4位(5カ国中)に沈んだ。それなのに突然、開催国の名誉が転がり込んだのだ。

 現時点で施設はまだほとんど整備されておらず、これからの建設作業を担うのは移民労働者だ。その労働において彼らの人権が十分に保障されるとは思えない。08年までカタールは米国務省の人身売買報告書で、世界で最悪の水準に位置付けられていた。

 FIFAは、もっと実利に関わる間違いも犯した。サッカー人気が高まっているアメリカで、巨大なサッカー市場が生まれる可能性を見過ごしたのだ。アラブ世界ではサッカーはすでに人気スポーツであり、ファン拡大の余地はあまり残されていない。

 2026年大会招致に意欲を見せていた中国という大きな市場も、これで2034年までお預けになった。カタールと同じアジアでの開催は、2大会間を開けないといけない決まりだからだ。

 最後に、2010年の南アフリカ大会と2014年のブラジル大会に続いて、開催地決定のプロセスが疑問視される2大会を行うことにはリスクもある。ロシアとカタールでの開催までに何らかの問題が浮上すれば、イギリス人とアメリカ人は黙っていないだろう。「だから言ったじゃないか!」、と。

 唯一の救いは、2026年か2030年の開催は絶対アメリカに違いない、ということだ。

──アンドルー・スウィフト

Reprinted with permission from FP Passport, 3/12/2010. © 2010 by The Washington Post Company.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 6

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story