コラム

ゴールデン・グローブ授賞式の片隅で

2010年01月21日(木)11時51分
ゴールデン・グローブ授賞式の片隅で
ゴールデン・グローブ賞授賞式の会場に立つ筆者。テレビ番組の取材のために紋付、袴を着ている(1月17日)

「授賞式が間もなく始まります。御着席ください!」

 アナウンスが始まった。

 オイラは、ゴールデン・グローブ賞の受賞式が行われるビバリー・ヒルトン・ホテルにいる。テレビ局に頼まれてレッドカーペットを歩いてくるスターや監督たちにインタビューしていたのだ。なにぶん初めてのことだからドジを踏みまくったが、詳しいことはラジオや雑誌で。

 ドタバタの挙句、式典が始まる時間が来て、これで終わりか......とため息をついてたら、ひと際大きな歓声が上がった。

 あの白髪は......ジェームズ・キャメロンだ! どんなスターよりも悠然と、笑みをたたえて手を振るキャメロンはまるで王者。なぜ?
 
 キャメロンが作品賞と監督賞にノミネートされている『アバター』は『タイタニック』に迫る大ヒットになったが、ゴールデン・グローブらしくない作品なのに。

 ゴールデン・グローブ賞はハリウッドの外国記者クラブ90人あまりの投票で決まる。その平均年齢は50歳くらいだ。過去の例を見ると、娯楽作よりは問題作、大作よりはインデペンデントの小品を評価する傾向がある。つまり、批評家ウケする作品が賞を獲る。『アバター』のようなアクション大作が受賞した例は少ない。

 だから、ジョージ・クルーニーがリストラ請負人を演じた『マイレージ・マイライフ』や、キャメロンの元妻であるキャサリン・ビグロー監督によるイラクの爆発物処理班を描いた『ハート・ロッカー』のほうが有力だ。実際、『ハート・ロッカー』はすでにロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ボストン、シカゴ、ラスベガスなど各市の映画批評家協会で軒並み最優秀作品賞をかっさらい、とどめに全米映画批評家協会賞にも輝いた。

 いっぽう『アバター』は作品としての評価は低い。アメリカで最も売れている芸能雑誌『エンターティンメント・ウィークリー』は今年の映画ベストテンから『アバター』を外した(ちなみにベストワンは『ハート・ロッカー』と『マイレージ・マイライフ』だ)。その理由を同誌はこう書いている。

「この映画のスムーズでバーチャルな表面の奥には何のサブテキストもない。観ている端から消えていってしまう」

 そのほか、批評家たちの意見を総合すれば、こうなる。『アバター』は、ポカホンタスの物語を『ダンス・ウィズ・ウルブス』と組み合わせ、ブロードウェイ版『ライオンキング』風の原住民と、キャメロンの『エイリアン2』の海兵隊を戦わせた映画。3DとCGの技術以外には何も新しいこと、見るべきことはない。また、技術革新という意味ではスピルバーグの『ジュラシック・パーク』のほうが大きなジャンプだった。

 それなのにキャメロンのこの、すでに勝利したかのような余裕の微笑みは何だ?

 ホテルの部屋に戻ってゴールデン・グローブの中継を観た。何かがおかしい、と思ったのは長編アニメーションの発表からだった。ピクサーの『カールじいさんの空飛ぶ家』が受賞したのだが、これは興行成績では確かにトップだが、アニメーションとしての評価はストップモーションによる『コララインとボタンの魔女』や『ファンタスティック・ミスター・フォックス』のほうが遙かに高かった。

 ミュージカル・コメディ部門の主演男優賞を『シャーロック・ホームズ』のロバート・ダウニーJr.が受賞したときには思わず声が出た。これはミュージカルでもコメディでもないよ! アクション・コメディではあるけど、これをコメディに分類すると『マイレージ・マイライフ』だってトラジコメディ(悲喜劇)だし、何でもかんでもコメディになってしまう。コメディ演技という点なら『インフォーマント!』でハゲ・デブの性格破綻者を演じたマット・デイモンのほうが凄いだろ。

 そしてジェームズ・キャメロンが監督賞に選ばれた。キャメロンが「監督賞は『ハート・ロッカー』のキャサリン・ビグロー(元妻)だと思ってた」と述べたのは本音だろう。しかし、これでわかった。今回のゴールデン・グローブ賞はいつもと違ってメジャー大作が有利なのだ。ということは、『アバター』の作品賞は間違いない。

 取材班の別部隊でプレス・ルームにいた人から聞いた話では、『アバター』が受賞した瞬間、プレス・ルームの記者からはブーイングが起こったという。「でも、理由があるんですよ」その人は言う。

「『アバター』は去年の年末、公開直前にやっと完成しましたけど、最初にゴールデン・グローブの審査員たちを招待して特別試写をやったそうです」

 審査員を懐柔する目的ではなく、実際に完成が遅れたので特別試写するしかなかったのだと思う。でも、投票直前にあんなものを見せられたのでは、審査員も冷静な判断ができなかっただろう。そもそも他の作品は審査員によって観ていたり観ていなかったりするわけだから、全員に見せれば勝ちやすくなる。

 去年、アカデミー外国語映画賞を日本の『おくりびと』が受賞した時も、アメリカではアカデミー会員を招待しての特別試写しか行われていなかった。彼ら以外に誰も見ていない映画がアカデミー賞を取ってしまったのだ。投票者だけをピンポイントで狙えば映画賞は取れるというわけ。

 しかし、すでに世界的に大ヒットしている『アバター』に賞を与えることに何の意味があるのか? 宣伝費をかけられない小品を賞で後押ししてやるのがゴールデン・グローブなどの批評家賞の役割ではないのか?

 ゴールデン・グローブもしょせんアカデミーと同じで作品の出来と関係ないのか。バカバカしい。......と思ってたら、日本から連絡。日本で『ハングオーバー』の劇場公開を求める署名運動をやってるわたなべ君からだ。『ハングオーバー』は全米で大ヒットしたコメディだが、日本では劇場公開されずにDVD発売されるはずだった。それが今、突然、劇場公開されることになったという。さっきゴールデン・グローブのコメディ部門で作品賞を受賞したかららしい。うーん、ちゃんと賞も役には立つんですな。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

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