最新記事
荒川河畔の「原住民」③

「この選択は人生の冒険」洪水リスクにさらされる荒川河川敷のホームレスたち

2024年9月11日(水)10時55分
文・写真:趙海成
荒川河川敷のホームレス

左:私の声を聞いて、テントの部屋から出てきた桂さん(仮名)/右:荒川の歴史に残る7回の洪水を記録した看板

<川辺でテント生活を営むホームレスは、いつ台風や大雨の被害に遭うか分からない野外生活を送っている。それはある意味で「冒険」。在日中国人ジャーナリスト、趙海成氏による連載ルポ第3話>

※ルポ第2話:「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立てる荒川のホームレスたち より続く


一昨日の夜から昨日の午前にかけて、東京では激しい雨が降った。そこで私は今朝、荒川の川辺に住む桂さん(仮名)の様子を見に行った。(編集部注:この第3話は2022年夏の出来事を扱ったものです)

「昨日の豪雨、大丈夫でしたか?」

「まあね。砕石のところで水は止まったよ」

やはり、雨が上がった後の川を見ると、岸辺の石が泥だらけになっていた。

桂さんが経験した嵐は数知れず、昨日の雨は彼にとってそれほど大したことではなかったのかもしれない。

桂さんは正真正銘の荒川河畔の「先住民」だ。長年ここに住んでいるだけでなく、荒川の2度の大洪水を身をもって経験したからだ。最初は1958年の狩野川台風で、桂さんは当時6歳だった。

その日、彼は荒川へ釣りに行こうとしていた。堤防の上に登ってみると、呆然とした。目の前には驚くほど広々とした川面が広がっていたという。最大風速70メートル以上を記録する「カテゴリー5」のハリケーンと洪水は、1269人(行方不明者含む)の命を奪った。

2度目は2019年、台風19号が襲来した時だ。桂さんは荒川沿いの「小さな森」の中にいた。川が上昇し森のほうに向かって流れてくるのを見て、彼は慌てて布団を抱え、堤防の方向に走った。彼と一緒に難を逃れたのは4人のホームレスだった。

その洪水によって、桂さんは家財のほとんどを失い、残ったのはサーフボード2つだけだった。しかし、洪水が引いた後、テントを張るための大きなビニールシートを取り戻した。大きな柳に遮られたために、流されずに済んだのだ。

桂さんはそれを木の幹から外してきれいに拭いた。数日後には川沿いの緑の森に、青い「別荘」が現れた。

桂さんは言った。

「私はホームレスになったその日から、この選択を人生の冒険としてきた」

金持ちには得られない、貧乏人の「冒険」の成果

このような、いつ洪水に遭遇するかもしれない野外生活の「冒険」と、富豪たちが刺激を求め、自家用の豪華な船で海に繰り出す「冒険」とでは、どのような違いがあるだろうか。

これについて桂さんは、このように解釈している。

「貧乏人の冒険は金持ちの探検とは比べものにならない。貧乏人は生活範囲が狭く、条件が整っていないため、何をするにも慎重に行動し、自分の力に見合った範囲で行わなければならない。しかし金持ちは飛行機や船、高価な通信設備を持っている。行きたい場所に自由に行き、思いのままに振る舞うことができる。

私は前者として、自分の持っている条件に基づいて、できることをするしかない。冒険もそうだ。しかし私の冒険では、金持ちには絶対に得られないものを手に入れられることもある。例えば、私たちが知り合えたことは冒険の成果だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中