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パレスチナ

イスラエルの暗殺史とパレスチナの「抵抗文学」

2024年7月10日(水)08時45分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

ガッサーン・カナファーニー氏の暗殺が起きたのは今から52年も前だ。当時、カナファーニー氏の暗殺が確認されると、作戦部隊の担当者は、イスラエルのトップである首相に知らせた。報告を受けた当時のイスラエル首相ゴルダ・メイアは、その作戦についてこう述べていた。

「我々は知的武装した集団にも匹敵するような人物を排除した。カナファーニー氏のペンは、イスラエルにとっては千人の武装ゲリラよりも危険だ」

この作戦が実行されたのは1972年7月8日。その数日前、多くのパレスチナ人のジャーナリストや作家など、メディア関係の中心的な人物を抹消する決定を下したのはゴルダ・メイア首相だった。
 
イスラエルのパレスチナ住民への虐殺が激しさを増していく状況の中で、このパレスチナ人作家による生前最後の小説、『ハイファに戻って』が再び注目されるようになった。

カナファーニーの小説は、「ポスト・ナクバ文学」に分類され、特に『ハイファに戻って』は、パレスチナの現実を見事な語り口で表現している。21世紀のアラビア語翻訳小説トップ10にも選ばれたこの作品は、1970年にベイルートで出版され、パレスチナ人の苦しみがリアルに綴られていることで知られる。

物語は、土地を奪われたパレスチナ人夫婦を描く。彼らが20年ぶりにハイファに戻ってみると、さまざまなことが変わっていた。出来事は三人称の語り手を通して語られ、「帰還(戻って)」という概念をいくつかの文脈で提示する。これによっては、カナファーニーは、現実と虚構が入り混じった、あらゆる要素が存在する物語を語ることができたが、同時に驚きを呼び起こし、読者を過去の記憶へと押しやる知的叙事詩を提示することもできた。
 
カナファーニー氏の暗殺から1年も経たない1973年4月、詩人カマル・ナセル氏は、カマル・アドワン氏とアブ・ユセフ・アル=ナジャール氏の2人の同志とともに、イスラエル情報部によってベイルートで暗殺された。プロテスタントのキリスト教徒であったナセルは、遺言通り、イスラム教徒の同志ガッサーン・カナファーニーとともに埋葬された。

この他、パレスチナの世界的漫画家ナジ・アル=アリ氏もイスラエルの情報機関によって暗殺された疑いの高い人物の一人である。彼はパレスチナ人の言葉による抵抗の歴史において最も重要な人物の一人であり、彼の暗殺はアラブ世界を含む世界中を震撼させた。1937年生まれのナジ・アル=アリ氏は、パレスチナの大義を体現する最も著名なパレスチナ人漫画家の一人であり、その絵とメッセージはイスラエルを悩ませていた。

イスラエルによって暗殺されたパレスチナの知識人や作家のリストは枚挙にいとまがない。これは、イスラエルのパレスチナに対する歴史上最も汚れた政策の一つである。

almomen-shot.jpg【執筆者】アルモーメン・アブドーラ
エジプト・カイロ生まれ。東海大学国際学部教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

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