最新記事
貿易

ついに「国民総幸福量」からの卒業を決意したブータン...悩みの背後にある、経済と地政学の変化とは

Big Changes Ahead

2024年2月2日(金)18時50分
ラディスワフ・チャロウズ(ヨーロピアン・バリューズ安全保障政策センター元アナリスト)
ブータンが直面する経済問題

総選挙で5年ぶりに政権交代が実現したが新政府の前に深刻な経済問題が立ちはだかる(1月9日、南東部の町デワタンで投票所に並ぶ住民) AP/AFLO

<後発開発途上国からの卒業とWTO加盟申請で、「国民総幸福量」からの脱却を迫られる「世界一幸せな国」に決断の時>

GDPを国民総幸福量(GNH)に置き換えた仏教王国ブータン。「外の世界」との融合をためらい続ける山奥の王国は四半世紀にわたり、WTO(世界貿易機関)への加盟をめぐって揺れ動いている。

ブータンが初めてWTOに加盟を申請したのは1999年だが、政府高官らの間でも意見が衝突し、当初の熱意は薄れていった。賛成派は貿易自由化がもたらす潜在的利益を挙げ、反対派はWTOのルールがブータンの幸福度指数と調和しないと懸念した。

しかし、ついに前進したようだ。昨年4月にカルマ・ドルジ産業・商業・雇用相は、政府がWTO加盟を承認し、すぐにも正式な申請手続きを開始すると発表した。

そして、WTOの協定に適合した国内制度の整備などが不十分であるとして、例えば農業や食品および医薬品規制の水準を引き上げるための研究施設などに5年間で1億ニュルタム(約1億8000万円)を投じると表明。貿易の増加を見込んでブータンへのアクセスを高めるために、道路や鉄道と港湾をつなぐドライポートや水路などインフラの建設も進めるという。

今年1月の総選挙で野党が勝利して政権交代は確実となったが、WTO加盟の方針を転換することはなさそうだ。政権を奪取した国民民主党(PDP)も躍進した新党の縁起党(BTP)も、選挙戦では経済の暗い見通しに焦点を当てた。

世界銀行によると、過去5年間のブータンのGDP成長率は平均1.7%。若者の失業が急増して大量の「国外脱出」が問題になっている。WTO加盟はPDPの選挙公約であるGDPの倍増、海外直接投資率の倍増、数千人規模の新規雇用創出を実現する手段の1つになるかもしれない。

ブータンの政治において決定的な発言力を持つジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王も、加盟交渉の再活性化に重要な役割を果たしたはずだ。

幸せ指数の理想と現実

ブータンの遅ればせながらの決断は、WTOからも歓迎されている。昨年7月には押川舞香WTO加盟部長が首都ティンプーを訪れ、ブータン側の交渉責任者と行動計画などについて協議した。

ただ、すぐにも加盟できるという期待は肩透かしだったようだ。東ティモールやコモロなど近い将来にWTO加盟が見込まれている国々も、ウズベキスタンやアゼルバイジャンなど加盟待ちリストのより下位の国々も、何年も前から積極的な加盟交渉を行っている。

対談
為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 セカンドキャリアの前に「考えるべき」こととは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

元、対通貨バスケットで4年半ぶり安値 基準値は11

ビジネス

大企業の業況感は小動き、米関税の影響限定的=6月日

ワールド

NZ企業信頼感、第2四半期は改善 需要状況に格差=

ビジネス

米ホーム・デポ、特殊建材卸売りのGMSを43億ドル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中